翌日。
誰も来ないのをいいことに、昼休みの階段で座り込んでたそがれてみる。
昨日あれからまともに樹と顔を合わせられなかったし。
最悪……。
私は慎から、冷たいオレンジジュースを受け取る。
誰も来ない……じゃない。
慎と約束してたんだ。
会話できないって何よ。
それより、慎が私を呼び出すなんて珍しい……。
電話も珍しすぎて驚いたもんなぁ。
私の隣に腰かけた慎は、眉間にシワが寄っている。
うわぁら慎ってば機嫌悪いなぁ。
そ、そんなに驚くことかなぁ。
慎に樹の付き合いが悪い理由を話すと、声を上げて驚かれた。
女の人が何となく嫌いなんだなぁってのはわかってるけど。
口が悪すぎる。
慎の脳内こそ、小学生なみの単語でしか溢れていないとおもうけど。
う〜ん、樹のことをどう思ってるか、か。
一緒に住んでみて、確かに変わった気がする。
すべて。
そして何もかもが、私のヤンキーという偏見を吹き飛ばしてくれた気がする。
むっ。
慎に上から目線で納得されるとムカつく。
てか何?
樹のことを、どう思ってるかなんか聞いてきて。
私がもうイヤじゃないことくらい、
見てたらわかると思うんだけど……。
またそれ?
樹のことを恋愛対象で好きだなんてそんなこと……。
そう思った瞬間。
私の頭の中で、ここ最近のことが鮮明に思い出された。
陸くんと最後に会った日、ぎゅ〜って抱きしめあったり。
無駄に近かったり。
壁ドンで文句を言われたり。
昨日も……関節キスしちゃったり。
思い出すだけで、顔が爆発しそうなくらい熱い。
慎が顔を覗き込んでくるけど、それどころじゃない。
だってだって、思い出しちゃった。
私……そのどれもがイヤじゃなかった。
ぎゅ〜って抱きしめられた時も、抱きしめ返した。
壁ドンされた時も、関節キスの時も……っ。
ドキドキで心臓が壊れそうなくらいで……。
あぁもう!
どうしちゃった私!!
悶々と考える私に、慎は何かに気づいたようで。
なんて聞いてきやがった。
マジで?って何がだよ。
何も考えてないよ。
いや、考えきれていない、が正解か。
頭の中は大混乱だよ。
慎が変な質問するから。
そりゃ好きだけど。
多分慎が思っているような好きではなくて……。
しかし、慎も変わるもんなんだね。
あんなに私の事敵対視してたのに。
相談に乗ってくれるなんて。
私はしっかりと頷いた。
……何だこの質問。
慎は『解決してやろうか』なんて言ったくせに、私の回答に、う〜んと考え込んでいる。
すると慎は、あっと言うようにポンッと手を叩くと、私に向き合って、
意地悪そうに微笑んだ。
……抱きしめられたら……って。
この前、抱きしめられた……よね?
えっとえっと、
うわぁぁぁぁあ!!
顔の温度が再び急上昇する。
真っ赤だ。
絶対に今、真っ赤だ。
だって『正直に』って言うんだもん!
魔王様がそうおっしゃるんだもん!!
私の答えが意外だったのか、
慎は目を見開いて驚いている。
けど、すぐにはぁ〜っと大きくため息をつくと、
私の頭にポンッと手を乗せた。
……自分の気持ち?
グリグリと撫でられる頭のせいでよく考えられない。
……あれ、てか慎、私の頭なんか触って平気なのだろうか。
まあ深くは考えないでおこう。
……おかしい。
想像するとモヤモヤする。
ダメだ、これ以上考えるのは。
私、何をしているのだろう。
この答えは、慎に質問されてその時の気持ちで判断しては行けない。
私がちゃんとあいつの目を見て、
気づかなくちゃいけない気持ちなんだ。
階段を1段飛ばしで駆け下りる。
樹は、たまり場にいるかな。
会えば、わかる気がする。
なんでこんな乙女になってるの、私!!
私らしくない!!
ここは堂々と行こうじゃないの!
ズカズカと、階段を下りる足に力を入れた瞬間、
ズルッと音を立て、私の体が宙を舞った。
前のめりに落ちる体。
これは……。
顔面着陸の危機!!
女子として、あってはならぬ事態になる!!
顔面から落ちて鼻血を出して、
挙げ句の果てにはスカートから下着丸見えという少女マンガあるあるの展開。
あれはかわいい子だから許されるのであって、
平凡なヒロインがやっていい技ではない。
華麗に着陸なんて芸ももつまていないので……。
ヘルプミーー!!
あれ、おかしい。
顔面着陸したはずなのに痛くない……。
目をゆっくり開けると、
ドアップの樹。
したも樹のことを下敷きにしちゃってるし!
色気のない!?
樹と至近距離で目が合う。
ドクンドクン、と心臓が鳴って、死にそうなくらい恥ずかしい。
聞こえてるんじゃないかって思っちゃうから。
よかった、安心した。
次の瞬間、すごく目頭が熱い。
1滴、涙が溢れちゃうと。
全然止まらない。
だってだって、怖かったんだもん。
体が浮いたのがわかって……。
でも……っ、
樹が助けてくれたからもうなんでもいいや。
悔しいけど、樹の中で私は面白い奴、とか、そういうポジションなんだと思う。
けど、助けてくれた。
それなりに大事に思ってくれてるって、自惚れるくらいはいいかな〜なんて。
樹の胸に顔を埋めてみる。
はぁ……この気持ち。
バレなきゃいいけど、しばらくこうしていたい。
気づけば樹の上にずっと乗っちゃっていたんだ。
あ〜恥ずかしい。
ここが人のこない階段じゃなければ、 色々な人に見られて樹のファンに殺されてたよ?
起き上がろうと、樹の胸をそっと押す。
けど、
樹の腕が、私の背中にまわって離れられなかった。
え……。
樹の手が触れている背中が熱い。
ちらっと樹を見ると、まっすぐに見つめ返される。
どうしよう……っ。
ていうかこの状況……。
端から見たらなんて破廉恥な光景なんだろう。
どうしようどうしよう。
どうすればいいのかわからなくて、樹の制服をぎゅっと掴む。
そんな私に気づいたのか、樹は私の背中にまわした腕を外すと、私の脇に手を入れて立たせた。
そう言って私の頭をポンと撫でると、そのままたまり場も教室もない方向へ歩いていった樹。
私の気持ちなんて知らないから……。
抱きしめるなんてできるんだ。
慎にいつか聞かれた。
樹のことを好きになる可能性。
隕石が降ってくる確率と同じ。
そんな話をしたのは、いつだったのか……。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。