2人揃って家につく。
樹とこうして2人で『ただいま』を言うなんて、久しぶりで少し嬉しい。
腕時計をチラッと見ると、始業5分前。
忘れてた。
危なかった。
私は急いで階段を駆け上がり、荷物を3階の部屋に投げ入れる。
下からは、樹の「転げ落ちるなよ〜」なんて声が聞こえるけど、そういうことを言われると自分にフラグが立つことを私は知っている。
急いでる時に1段飛ばしで階段を駆け下りるところを、1段1段きちんと踏んで下りる。
いまだに玄関に突っ立っている樹の横を通り過ぎて、店に向かおうとした時、
珍しいなぁ。
何がって、お休みにすることだけど、私たちに話すことがあるなんて……。
そして、それを夕飯の時に……というところが。
いつもの涼子さんならこの場で言っちゃいそうなのに。
それってつまり、
そう、樹の言う通りだ。
そういうことになる。
樹の真面目な顔に、涼子さんはう〜ん、と顎に手を当てて考えているけど、
てへっと笑って返された。
高校2年生の息子がいながらの、この若さと美しさ。
どうしたら、こんな仕草をしてもかわいいのだろうか。
とりあえず、夕食まで部屋で待機だ。
私は部屋に入るなり、いつも通りベッドにダイブする。
そして、枕に向かって大きく叫ぶ。
もちろん枕に向かって叫んでるから、声はこもって部屋の外なんかには聞こえない。
もう本当に、なんなんだ!
涼子さんの話のことももちろん気になるけど。
私のなんなんだ!!って思うところはそこじゃなくて。
樹のことだった。
だってだって。
いきなり抱きついてきたりする?
道端で、ぎゅって抱きしめるバカなんて他を探してもいないよ?
なんで樹が私に今日あんなに甘かったのか。
まったくわからないけど。
でも、イヤじゃなかった……
と思う私がいるのが何よりも怖い。
RAMPAGEのことは確かに大好きだし、樹のことももちろん好きだけど……。
だ、抱きしめ合うとかって。
そういう『好き』でもできるものかな?
帰ってくるまでの道。
樹のとなりを歩くだけで、心臓がバクバクしちゃって。
この音が聞こえてしまうんじゃないかって思った。
それと同時に、変なモヤモヤもあった。
抱きしめられて心地いいなって樹の胸に顔を埋めた瞬間に、
女の子にこうやって抱きつくのは、樹にとって普通なのかなって。
そんな思いが降ってきたから。
私、なんで。
「会いたいと思った」とか、「触れたくなった」
なんて言っちゃったんだろう。
少し照れたような表情を浮かべた樹。
いつもなら怖いはずのその目が私に何かを求めているような気さえして、思わず口から飛び出た言葉たち。
けど今思えば、あれは確実に私の本心だった。
会いたいって思った。
触れたいって思った。
けど、なんで思ったのかの答えなんてわからない。
あの時の一時的なものかもしれない。
それでも私があの時、そう思っていたことは事実だ。
それがいいのか、悪いのか。
そんなの、自分でもわからない。
うつ伏せになって枕に伏せていた顔を上げると、樹のドアップ。
なんで!?
なんで、ここに樹が!!
そして、近い!!
すごく近い!!
それより、ここにいるってことは。
え!?
もうそんな時間!?
勢いよく起き上がって時計を見ると、帰ってきてから45分もたっていた。
私、45分も考えてたの……?
なんでそこだけ女子っぽいことを言うのか。
まぁ、正論だから私は体を持ち上げると、クローゼットを開いて部屋着を探す。
樹はそこに突っ立ったまま。
着替えようとしてるの、わかってるはずなのに。
出ていかないというのか、この野郎。
う〜ん、ぼーっとしてるのかな。
ったく、女の子が着替えようとしてんのに、ぼーっとして出ていかないとは。
この男は常識というか、そういうマナーを持ち合わせて居ないんだろうか。
……ううん、多分ないんじゃなくて。
私が、女子に見られてないだけかな〜?
私のこと、ゴリラとか言ってたもんね。
その事に、少し胸がチクリと痛んだ気がした。
樹はそう言うと、そそくさと部屋を出ていった。
うん?
なんか様子がおかしい?
私はさっさと部屋着に着替えると、部屋のドアを開けた。
その横の壁に、寄りかかって待っていた樹。
その姿は、どう見てもメンチを切るヤンキー。
慣れたからいいんだけど。
下の階に行くだけなのに。
とういか、同じ家だし。
なんでわざわざ?
言っとくこと?
さっき様子がおかしかった理由かな?
でも、どうせ深い話してはないだろう。
しれ〜っ、としている私に、樹は「はぁ〜」とため息をつき、
私の手を掴み、そのまま引くと、自分のいた壁に私の背中を押し付けた。
壁に押し付けられた私をさらに追い詰めるかのように、樹は顔の横に手をついた。
これは……2度目の、壁ドン!?
また、訳の分からないことを。
そして、壁ドンは犯罪だってば……。
顔の横についてある、樹の手首を掴む。
そして必死にどかそうとするけど……。
いいことじゃん。
警戒してないんだよ?
樹のこと信頼してるんだよ?
それは樹にとってダメなことなの?
じぃ〜っと樹を見つめてみる。
樹は私の視線に耐えられなくなったのか、ふいっと目を逸らした。
そして、ふぅ〜っと深呼吸をして、もう一度、私に視線を合わせて言った。
制服のまま寝転んでたって言われたけど、それってさっきの……?
そう言って樹は肘まで壁につけると、急接近してくる。
ち、近い!!
今にも唇が触れそうな距離。
私は初めて会った時みたいに、樹に蹴りを入れる。
ところが、その足はつかまれてしまった。
樹がすごい剣幕でおこっている。
なんで怒ってるの。
誘惑なんかしてないし、私なんかが誘惑なんてできるわけないのは、ゴリラとか言ってる樹が1番よくわかってるでしょう?
足が出てるのが、そんなにダメだったの?
そう言って樹は私の頬をスーッと撫でて、私から離れた。
触られた頬が熱い。
さっきまで触れそうな近さだっただけに、樹が離れると空気も何もかも軽く冷たく感じる。
樹は、私を待たずに階段を下りていった。
緊張が解けたからか、私はストンッと足の力が抜けてしまう。
樹がよくわからない。
ただ1つわかるとしたら、初めて会った時に壁ドンをされた時とは、私の気持ちは何もかも違っていて。
抱きしめられた時と同じで、
壁ドンされることも、
キスできそうな距離になることも、
頬をなでられることも。
イヤじゃないってことだ。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。