私がキッチンでカチャカチャと夕飯の準備をしていると、樹の声が耳に届く。
まだ夕方なのに……。
日付が変わるくらいまで遊んでいるくせに。
ここ数日、ずっとそうだ。
涼子さんが海外に行って早くも5日。
樹は早く帰ってきて、ご飯食べてすぐ部屋にこもっちゃうけど、家にいてくれる。
やっぱり優しいところがあるんだなぁ。
この5日間でわかった。
樹はそう言うと、いつもどおりスタスタと階段を上って自室へ入っていった。
2人での夕食。
だんだん慣れてはきたけど、まだ緊張する。
何を話そうか、おいしいっていってくれるかなとか。
そんなことを、ここ数日ずっと考えてしまっている。
プルルルル……。
そんな時、私のアナログとなったガラケーの音が部屋に鳴り響いた。
私の電話番号を知っているのなんか数人なのに。
慎が私に連絡してくるなんて。
ていうか、なぜ私の番号を知ってるの。
1度耳に当てていた携帯の画面を覗くと、"魔王マコト"と登録されていた。
翔平の仕業だ……。
でも翔平とは気が合う。
だって私も慎のこと、魔王だと思うから。
携帯から耳を離していたせいで、慎が何か言ったらしいが聞いていなかった。
まぁそもそも聞こうともしていなかったんだけど。
慎のその声からは、心配となんとなくの怒りと戸惑いを感じる。
でも、心配するほどのことではないと思う。
だって付き合いが悪い理由は、今、涼子さんがいなくて、私が1人になってしまうから。
だから早く帰ってきてくれているだけ。
そんな思いっきり、サイアクって言わなくてもいいじゃんか。
確かに、自分のとこの総長さんが女関連で付き合い悪いとかイヤかもしれないけど!
慎に少しイラだっていると、グツグツと聞こえるフライパン。
あ!!
プツンッ。
私は慎の返事も待たないまま携帯の終了ボタンを押すと、フライパンの火を止めた。
うん、何とかセーフみたい。
ふと携帯を見ると、
【昼休み、屋上前の階段で】
と、慎からメールが来ていた。
すると、ちょうどいいタイミングで樹がリビングに入ってきた。
っていうか、好きって知ってるから作ったんだ。
樹は食器をだしてご飯をよそう。
そしてさっさとイスに座って手を合わせた。
「「いただきます」」
今日は2人向き合って座っている。
樹の表情がよく見える。
2人で「いただきます」を言った瞬間、
すごい勢いで樹がハンバーグにてをつける。
ハンバーグの中から、とろっと溶けたチーズが溢れる。
よし!
ちゃんと上手くいってる!
あ、そうなんだ。
それは初耳だった。
樹はにこぉぉおおっと無邪気な顔で笑うと、ハンバーグを頬張って幸せにそうにさらに微笑む。
ほっぺたを押さえながら顔そのものがとろけそうな樹を見て、誰が暴走族の総長なんて思うのだろうか。
……ったく、そんなに好きだったなんて。
初めて知ったよ。
チーズを入れて正解だったなぁ〜。
そんなことを話しながら、私も自分のハンバーグを2つに切った。
が、
私のハンバーグからはチーズが出てこない。
しまった、入れ忘れたか。
もぎゅもぎゅと、リスみたいに頬を膨らませた樹がきいてくる。
かわいい……。
慎と電話してたしなぁ。
まぁ仕方ないか。
このままでもハンバーグはハンバーグ。
結構自信あるし、おいしいはず。
すると、スゥッと私の前にフォークに刺されたハンバーグが差し出される。
それも、とろっとろのチーズのかかったハンバーグ。
作った本人に、うまいから、なんて言ってハンバーグを差し出すなんて。
少し照れちゃうじゃん。
本当は遠慮しようと思ったけど、トロリとチーズのかかるハンバーグが視界を独占する。
た、食べたい……っ!
私は少し体を乗り出すと、そのまま樹から差し出されたフォークに乗るハンバーグを口に含んだ。
口の中でもさらにふわっと&とろっと溶けるチーズと、絶妙なハンバーグとのコラボに、
幸せを感じる。
は……?
今さら気づいたって……?
なんのことだろう、と首をかしげて樹を見る。
ふいに、樹の目の先を追う。
私も気づいてしまった。
樹の目線の先はフォーク。
今のって、まさかの関節キス……?
なんの躊躇もなく食べてしまっていた。
樹は食べ終わると急いで部屋を出ていき、すぐに階段を駆け上る音がした。
そんな樹の後ろ姿がちらっと見えて、
ちょこっとだけ見えた横顔は、
耳まで真っ赤になっていた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。