ようやく待ちに待ったこの日。
久しぶりに涼介の家へ行く日。
待っていたとはいえ、たったの数時間なわけだけど。
あの後、沙織には一応電話で報告しておいた。
どうやら沙織の方は彼氏さんの家にお泊まりをしている最中だったらしく、後で電話をかけてしまった事にひどく後悔した。
私の私服はいたってシンプルだ。
人によっては「地味だ」なんて言うのだろうけど。
いくら東京に住んでいたって、周りの可愛い女の子たちのような女の子らしかったりおとなっぽかったり……といった服装はさすがに勇気がない。
こんなだから今日みたいに、お母さんのような人から「田舎の子みたいよ」と言われてしまうのだろう。
だが、そんな事を言ってしまったら本当に田舎の方で暮らしている子に失礼だ。
田舎の方にいる子たちだって、時には東京とさほど変わらないほどのオシャレだってするだろうし、もしかしたら私の方が地味かもしれない。
………なんて、そんな事を言っている場合じゃなかった。
私はスリッパを脱ぎ、靴をはきかえると大急ぎで家を飛び出した。
別に、何時に待ち合わせ。
とかそのような事ではなかったので、急ぐ必要もあまりなかったのだが、なんとなく早く家を出て涼介の家に行きたかったのだ。
しばらく町内を走った私は、ようやく涼介の家の前にたどり着いた。とはいえ、ワンブロック先の方にあるので、そこまで長く走ってきたわけでもなかったけど。
久しぶりの涼介の家。
久しぶりに幼なじみと家で遊ぶ。
涼介のお父さんお母さんは基本平日に休みという事が多い職業なので、土日は基本、涼介以外誰も家にはいない。
ということは、もしかしたら今日も………。
なんだか変に心臓が鳴り出した。
そんなに緊張するような事だろうか。
ただの幼なじみの家に遊びに来ただけだ。
別にアイドルの家に来たわけでは無い。
なのに、思いとは裏腹にインターホンへと伸ばした私の指先さえも震えが止まらなくて、余計に緊張が増していく。
意を決してインターホンを鳴らそうとしたその瞬間、突然玄関のドアが大きく開いた。
涼介は目を見開きながら舐めまわすように私の身体を見回した。
そして、頬を少し赤くしながら「やっぱ変わんない」と消え入りそうな声でつぶやいた。
涼介が私の後ろへ回ると、私の背中を押しながら中へと押し込んだ。
玄関には靴が涼介の分しか置いていなかった。やはりお父さんもお母さんも仕事に出かけているらしい。
私の視線に気づいた涼介は、背後でそうつぶやいた。
涼介に言われ、私はゆっくりと涼介の部屋まで歩いていった。
昔のままの配置なら、涼介の部屋があるのは2階の、階段を登りきったすぐ左側だ。
やっぱり緊張は解けなく、おそるおそる私は階段を上がっていく。
階段を全て登りきると、目に入ったのは涼介の部屋。左手側のドアに“涼介”と書かれたプレートがぶら下がっていた。
やっぱり変わっていない。涼介の部屋は今もここなんだ。
部屋に入るとそこは、昔とはずいぶん変わってしまった光景が目に入った。
あれだけ好きだったサッカーの道具や選手のグッズはほとんどなくなっていて、代わりに男子の間で結構流行っているという漫画やゲームで埋め尽くされていた。
急に後ろから涼介の声が入ってくるものだから、ふいにも驚いて腰を抜かしてしまった。
その場にへたりこみながら静かに謝る私に笑いがこらえ切れなくなったらしい涼介は、飲み物やお菓子が乗せられたお盆を手にしたまま大きく笑った。
涼介は声のトーンを下げながらそっと告げた。その顔はひどく真っ赤に染まっている。
“可愛い”
好きな人どころか、幼なじみに言われたことすらなかった私はその言葉にひどく羞恥(しゅうち)を感じた。
お互いに耳まで真っ赤にしながらも、飲み物の乗ったお盆を涼介が愛用している小さな黒いテーブルの上へそっと置いた。
しばらく沈黙が続いたが、それを破った自分を呼ぶ私の声に驚いた涼介は、少しオーバーな反応を見せた。
昔のような無邪気な笑顔を見せると、君は恥ずかしそうに自分の毛先を指に巻き付けながら
とつぶやいたのだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!