それからしばらく、涼介は学校を休んだ。
先生の話によるとどうやら新しい曲を出す件で仕事が忙しいらしい。
いつもなら授業中ふと前の扉の方へ目を向けると、寝ているかちゃんと授業を受けている涼介が目に入るのに。
しばらく涼介が仕事で学校を休むことはなかったから、涼介がいないという寂しさを感じることはなかったし、それ自体忘れていたくらいだ。
好きな人が近くにいないのって、こんなに辛くて寂しいんだ。
受け答えのない私を心配したらしい沙織は、ほおづえをつく私の顔を覗いてきた。
とぼける私に、沙織は呆れたように大きくため息をついた。そして、両腕を組んでは口元をとがらせる。
やっぱり気づいていたんだ。
まぁ親友だもんね。当然か。
なんて、言えるものなら言ってみたいけど。
沙織は考える間もなく“寂しくないよ”と答えた。
やっぱ沙織はすごい。大人だと思う。
それに比べ、私は幼い頃から涼介とはずっと一緒に過ごしてきたため、今みたいに少し会えなかったりするだけでとても不安になる。
彼女でも何でもない、ただの幼なじみなのに。
元気にしているのかな?
ちゃんと休む時間はあるのかな?
ちゃんと寝ているかな、ちゃんと食べているかな?
今、誰を思いながら過ごしているのかな?
思わず私は顔を見上げた。
沙織の笑顔には、悪意など一つも感じられない。どうやらふざけて言ったような感じではないらしい。
そんなの、迷惑なのでは。
そう言いかけた私の口を沙織の人差し指がふさいだ。
そんな事言われても。
いくら幼なじみだとは言え、忙しい中に用もないのに電話したら、きっと迷惑に思うに違いない。
それに、出れる暇があるなら少しでも休んでほしい。
私なんかのために貴重な時間を使ってほしくはないのだ。
………なんで突然そんな話になるのだろう。
でも、それは――――。
その言葉を聞いた沙織は、まゆをつり上がらせ自信満々の表情を見せた。
そして、ただ一言「よし!」と声を上げると、私の両肩を掴み言った。
どこが大丈夫なのか私にはさっぱり分からなかった。
けど、沙織が大丈夫だと言うならきっと大丈夫なのだろう。
親友に背中を押された私は、今夜、涼介に電話をかけてみることに決めた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!