沙織ちゃんに連れられ廊下を走り抜けるあなたちゃんの姿が目に入り、思わず「どっ、どうしたの!?」と声をかけた。
あなたちゃんがそう言うなら決闘という訳ではないのだろう。
でも、昨日彼女が言っていた件の事ならそんなわざわざ本人の所へ出向くほどの事なのか?
沙織ちゃんから今朝あなたちゃんが神谷さんとの一部始終を簡潔に聞かされた。
大きくため息をつき頭を抱えた。
何やってんだよ、山田くん……。
悲しげにうつむくあなたちゃんを一目見て、思わず抱きしめたくなる想いを何とか押さえ込み「大丈夫だよ」と頭をなでた。
こんなに優しくて純粋な子が、そんな人を傷つけるようなこと言うわけないし思うはずもない。
そんな事、山田くんだって少し考えれば分かるはずなのに。
なんでそんなに君は山田くんがいいの?
なんで僕じゃだめなの?
……やっぱり僕にしなよ、山田くんじゃなくてさ。
なんて言える勇気、僕にだって備わってはいない。だって……山田くんとあなたちゃん、お似合い過ぎるから。
朝からその優しい笑顔に胸が痛む。
人気アイドルの僕にだって、どうしても手に入らない人がいるんだよ。
でも、だとしたら……
僕は何のためにアイドルをやっているんだろう。
心配そうに眉をひそめるあなたちゃんに、僕は「大丈夫だよ、僕もじゃあ付いてくし行こっか」と背中を押した。
沙織ちゃんは何かを察したように僕をじっと見据えていたけれど。
作戦はこうだ。
僕が神谷さんを呼び出し、この階の隅にある空き教室へと連れて行く。教室に神谷さんが入ったら鍵をかけ沙織ちゃんが怒鳴り散らす。
あなたちゃんは性格上怒るのは無理だろうから、完全に守られ体制……というわけだ。
教室内がざわざわと騒ぎ出す中、僕は神谷さんを廊下へと連れ出し、空き教室へと誘導する。
と言って連れてきたのは今は使われていない空き教室。
この学校は空き教室だけは鍵をかけられるようになっていて、普段は鍵自体も掛けられていないため、高校生にとってはいろんな意味で“穴場”となっている。
どうやら告白か何かと勘違いしているらしい。その顔は勝手に真っ赤に染まっている。
「先輩……」と僕も顔を染まらせると、静かに鍵をかけた。他の邪魔者が入ってこられないように。
般若のような血相で突然襲いかかってくる沙織ちゃんに思わず僕も神谷さんも驚き驚き腰を抜かしてしまった。
……どうやら机の影に隠れていたらしい。
沙織ちゃんに続き、あなたちゃんもゆっくりと顔を出した。
逆上してあなたちゃんが襲われないよう、僕は彼女の前へと回った。
本当のことを言えばあなたちゃんと山田くんがこのまま仲が悪くなってくれたら、それはそれで隙ができて嬉しいけど。
でも、それはきっとあなたちゃんは望んでいないから―――。
僕は僕の幸せじゃなくて、君の幸せを応援する事にしたんだよ、あなたちゃん。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。