涼介のお昼休みは2パターンだ。
同じグループの男子達と一緒に過ごすか、仕事か。
だいたいは男子達と過ごすのが多いが、仕事で早退する事も少なくはなかった。
その度に涼介のファンである女の子達は残念がって騒ぐ。
沙織は沙織で
なんて私をはげましてくれるが、あいにく私にそんなはげましは必要ない。ありがたいけど。
確かに忙しそうに教室を飛び出していく姿や、仕事で疲れ果てた様子が目に入った時なんかは心配で心配でどうしようもいられなくなる。
でも、ほかの女の子のようにいなくなることに残念がることはあまりなかった。
全く寂しくないなんて言ったら嘘になっちゃうけど……。
涼介は目を丸くして私を見つめていた。タコさんウインナーをつついた箸は止まり、身体ごと硬直してしまっている。
こぼれ落ちそうなタコさんはまるで「助けてー!」と訴えるかのように涼介とこちらを見つめている。
どうしてもタコさんの結末が気になってしまう……。
私は自然と涼介ではなくてタコさんと見つめ合っていた。
私がタコさんと見つめ合っているのに気がついた涼介は困惑した表情で問いかけてきた。
涼介のお母さんは小さい頃からよくお弁当にはタコさん型のウインナーを入れていた。お弁当に詰められたタコさんはどこの家のものよりうんと可愛いかった。
だから私も涼介もタコさんウインナーが好きだった。涼介なんかは今でもそれは継続しているみたいだけど……。
どうやら涼介からは私がタコさんを欲しがっているように見えていたらしい。
私はただ涼介が心配だっただけなのに……。
なんだかとても恥ずかしくなり、耳元まで真っ赤になってしまう。涼介の好きなイチゴみたいに。
思わずうつむいた私を眺めていた涼介は、ははは!と声を上げながら笑い、
涼介は何食わぬ顔で自分がさっきまで口にしていた箸でこちらに近づけてきた。
これは、少女漫画とか恋愛ものでよく聞く“関節キス”というやつでは……。
まだキスどころか好きな人に「好き」って伝えたこともないのに…。
緊張と困惑と恥ずかしさで顔がどんどん熱くなる。このまま太陽にも涼介にも加熱されて蒸発してしまうんじゃ。
なんて頭で訳の分からないことを考え巡らせている間に、箸は私の口元まで来てしまっていた。
涼介は悲しそうにまゆを曲げるから、どうしてもその子犬のような“可愛さ”に負けてしまうのが私の悪いクセだ。
涼介の押しに負け、恥ずかしさをなんとか抑えながら渋々口を開いた。
涼介の差し出したタコさんが、残酷にも私の口の中へと入ってしまう。
おばさんが作ってくれたあの可愛らしい目をしたタコさんはあっという間になくなった。
誰が作ったにしたってウインナーの味は変わらないはず。
でも、山田家のウインナーはなぜかどこかが“違う”のだ。
料理は愛情だ。
なんて、たまに料理人や料理を題材にした物語でよく語られたりするけど
もしもそれが本当なら山田家の愛情の味はどこの家庭よりもすごいんだろうな…。
それにしても、食べ慣れたおばさんのウインナーと、おばさんよりも絶対経験は少ないはずの涼介のと違いが分からなかったなんて。
涼介は子供のような無邪気な笑顔で微笑み、
と答えた。
なんだからしくない気もするけど、それでも毎日仕事で忙しいのに私のためにがんばってくれたなんて……。
嬉しさのあまり、涙がこみ上げてきた。
だって、あんなに弱くて私に頼ってばかりだった涼介が……。
感激の涙をなんとか制服の袖で拭うと、目尻に涙をためながら曇りっけのない笑顔で応えた。
目を丸くし、驚きながらも涼介は私の頭に手を置き、乱暴になでた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。