あなたよりも先に教室へとたどり着いた俺は、沙織さんに声をかけられた。
いつも一緒に入ってくる事が仇になったようで、沙織さんは何気ない表情で「あれ?あなたは?」と首をかしげて訊ねる。
なんて、無茶苦茶な返答だった。
だって今まで1回しか寝坊をしたことが無いあなたに限ってそんな事考えられるわけないじゃないか。
……それは俺だけかもしれないけど。
どこか腑に落ちないようで、疑いの目を向けられたが「そういう事もあるよね」と沙織さんは自問自答をし、なんとか納得してくれたようだった。
背後から聞こえたあなたの声に動揺が隠せなかった俺は、すかさずいつものメンバーの元へ走っていった。
「あ………っ」と何かを言いかけたあなたの声が微かに耳に入ったが、一々振り返っていられるほど俺には余裕がなかった。
沙織さんがあなたに問いかける声が耳に入った。なんだかとても気まずい。
あとで謝ればいいや。
単純にそう思った。
-------------sideあなた----------------
沙織にはやっぱり言えなかった。
だから、「ただ喧嘩しただけだよ」と告げた。
ふーんとどこか納得のいかなそうな表情を見せながら鼻を鳴らした沙織は、私の手を取るとそのまま私の手を引いて教室を後にした。
沙織は黙ったまま何も喋ろうとしない。
どうしたって言うんだろう。
沙織に連れてこられた先は、誰も来ない屋上へ続く5階の階段の踊り場だった。きょとんと間の抜けた表情を見せる私に、沙織は訊ねてきた。
顔に似合わず真剣な眼差しを向ける沙織に、私は戸惑いを隠せなかった。
キョロキョロとあちこちに目線を泳がせながら「うーん」と唸る。
沙織の目から「親友なんだから話せよ」という圧力が伺える。
私は意を決して沙織に全てを打ち明けた。
神谷先輩が涼介を狙っていること、私に涼介と話すなと言ったこと。
そして……涼介に「私が嫌がってる」と嘘をついたこと。
全てを黙って聞いてくれていた沙織からは酷く憤りを感じた。
低い声で一言そうつぶやくと、どうやらかなりのご立腹なようで、笑顔が酷く硬直していた。
再び私の手を引っ張ってはどこかへと連れてこうとする沙織に思わず訊ねた。
「そんなのいいよ!」と反対の方向へと逃げ出そうと自分の腕を引っ張る私と、意地でも連れて行こうとする沙織。
軽く2人で揉めあった結果、結局私の方が折れてしまい、まだ登校してきているかも定かでない先輩の教室へと向かうハメになってしまった―――。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。