全ての授業が終わり、ようやく放課後になった。みんな部活に行ったり、下校していく中、私と沙織はある“勝負”をしていた。
ことの始まりはこうだ。
放課後になり次々と教室から人が減る中、私は沙織に“あの夢”の件を話したら。
そう言って沙織はスマホを操作し、あるアプリを起動して見せた。
必死に抵抗する私に、沙織は悪魔の笑みを浮かべて言った。
人が減り、静まっていた教室内に私の声が響いた。さっきのように視線が私の方へ注がれる。
仲のいい男子をおしゃべりをしていた涼介も、不思議そうにこちらを見ていた。
………とは言え、普段から彼氏さんとゲームをするという沙織。ゲームにはきっとなれているんだろう。
それに比べて私は、ゲームなんて小さい頃にどうぶつと仲良くなるというほのぼのとしたものを少しやっていただけ。かなうはずがなかった。
ハグというと、お互いの身体を抱き寄せあう………。よく恋愛漫画やドラマで見るあれだろうか。
自然と私の頭の中で幼なじみ兼アイドル・涼介との妄想が繰り広げられる。
突然の叫びに驚いた沙織がぽかんと口を開け私を見つめている。
更に恥ずかしくなった私は、精一杯の抵抗を見せる。
突然耳に入った、沙織とは違う低い声。
驚いた私は思わず振り返り立ち上がった。
今までにないくらいの激しさであわてふためく私に、少し引き気味の涼介。
アイドルに引かれたのはこの時が初めてだった。そもそも、好きな人……ましてや幼なじみに引かれること自体初めてだったけど。
パニック状態になっている私を楽しんでいるようで、沙織が楽しそうにニヤつきながら涼介に何かを伝えようとしている。
それがなんなのか。心当たりはありすぎるくらいに何個も浮かんでくるが、一番有力なのはやっぱりさっきの………
“ちゅー”
何も知らない涼介は、にやついている沙織に首をかしげた。
あわてすぎて声すら出ない私は、かたずをのんでその様子をうかがっている。
…………ん?
予想外の展開に、私は言葉を失った。
え、一緒に帰りたいって……どういうこと。
さすがの涼介も戸惑っているようで、言葉が詰まっている。
どうしよう。
確かに涼介と一緒に帰りたい。けど、それを本人に伝えようとなるととても難しい。
もしも……素直に伝えたとして、引かれてしまったら?嫌がられてしまったら?
なんて考えれば考えるほど怖くなる。怖気づいてしまう。
沙織が私の耳元で、涼介に聞こえないようにこっそりと背中を押してくれた。
緊張しすぎたせいで、最後の言葉はかすれてしまった。もしかしたら聞こえてないかな?
涼介は何も言わず黙り込んでいる。
そんな彼の表情が気になった私は、うつむいていた顔を上げ涼介を見上げた。
涼介の顔は………
なぜだか真っ赤に染まっていた。
彼は自分の髪の先をいじっている。
涼介には照れたような時とか、なにか言いたそうにしている時は、自分の毛先を指でいじるくせがある。
気まずそうに私から目をそらしつつ、涼介は
とつぶやいた。
沙織は私たちに荷物を持たせると、2人を教室から追い出した。
少し強引だけど、沙織はやっぱり親切だ。
いつも通り私は涼介の1歩後ろを歩き、学校を後にした。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。