無事お昼を食べ終わった私たちは、本館の方へ戻りペンギンの所へやってきていた。
涼介の方はなんだか疲れたような顔して眺めているが、大丈夫なのかな?
どういうこと……だろう?
いまいち言っている意味がよく理解できない。
涼介はごめんねと苦笑いすると、くもったような表情でペンギン達を再び眺めていた。
“虚しいよなぁ”って、一体誰に対して言っていたんだろう。
水族館の魚たち?私たちも含めたお客さん?
それとも――………。
それを直接訊ねることはさすがにできなかった。
水族館を後にした私たち2人は、涼介の提案で近くにあるカラオケ店に足を運んだ。
茶色のレンガで建てられた、バリアフリー付きの小さなカラオケ店。
中に入ってみると、赤いカーペットに外観と同じレンガの壁。なんだかちょっぴりウエスタンを連想させる。
涼介に部屋を選んでもらい、私たちは一番奥の部屋へと進んでいった。
中はさほど広くもなく、でも狭すぎず。
私たちのような“カップルでない人”が過ごすには十分なくらいの広さだった。
だって、狭すぎたらくっつかなきゃいけないでしょ?
それってなんだかとても恥ずかしいし……。
そう。
忘れているかもしれないけど、涼介は昨日まで新作のCDのレコーディングだかなんだかで忙しかったのだ。
ましてやレコーディングと言えば、スタッフさんたちがOKを出さない限りはずっと歌っていなきゃいけないわけでしょ、やっぱりそれじゃ喉も疲れるよね………。
確かに水族館から私たちの街の間には一つ駅が挟まれており、とても歩きや自転車で辿り着くような距離ではなかった。
カラオケにきたら涼介、無理してでも歌っちゃうかな。って。
本人に恐る恐るそう伝えると、「ぷっ」と声をもらし、盛大に笑った。
涼介は私の顔を目がけて腕を伸ばしてきた。
どんどん近づく涼介の手を、きょとんと間抜けヅラを見せながら私は眺めていた。
もうすぐ指先が私の頬に触れる――――。
その時だった。
我に返った涼介が、しゅんざに何事も無かったかのようにその手を引っ込めた。
涼介は顔をうつむかせると、そのまま少しも動かなくなってしまった。
いくら声をかけても肩を揺らしても、反応してくれやしない。
私が必死に肩を揺らしていると、涼介はついに堅く閉ざしていた口を開いた。
涼介の顔をのぞき込み、「なに?」と問いかける。
あの日。
今日2人で訪れたあの水族館がオープンする一週間前。
隣の隣の街に水族館がオープンするという話を聞きつけた私は、涼介の前にも関わらずお母さんに行きたいと駄々をこねた。
でも、お母さんは頑なに「だめよ」と言って了承してくれなかった。
涙をいっぱい流しながらお母さんにせがむ私を見ていた涼介は、突然私の名前を呼ぶとこう言ったのだ。
忘れるわけがなかった。
なんだって、人生で一番なによりも嬉しかった言葉だったから。
その後、小学校の先生やお母さんお父さん、中学校小学校でできた友達からもたくさんの“言葉”をもらったけど。
きっと今までもこれからも、あの時涼介が言ってくれた言葉が一番嬉しいと、私は思う。
本当、よく覚えてるなぁと少し感心している呑気な私がいた。
だって、そんな事私………今の今まで、すっかり忘れてたよ。
涼介がそうやって言ってくれる今までずっと。
おかしいなぁ。
普通は言われた方が覚えてるんじゃないんだっけ?
まぁ、それほどに私たちはいつも一緒に日々を過ごして、一緒に同じ景色を見てきていた。そういう事なんだろうな。
なんだか今日の涼介はいつもの涼介とは少し違うような気がするのは、気のせいでしょうか?
なんて考えている内に、涼介は立ち上がり、なぜか私の目の前にまで移動してきたのだ。
室内に付いたネオンの光のせいかな?
なんだか涼介の頬が少し赤くなっている気がした。
涼介は永遠に「俺と、俺と」を続けている。
マイクを手に持つ涼介の手は、少し震えていた。
“俺と俺と”って………
君は一体何が言いたいんですか!?
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。