沙織と沙織の彼氏さんと別れ、私は涼介と約束していたあの“秘密の場所”へと足を早まらせていた。
浴衣姿の足では、小走りで行っても着くのは7時半。のんびりとあちこち回っていて時間を忘れていたのが悪かった。
涼介に一応伝えておいた方がいいかな。
と、私は巾着からスマホを取り出し涼介のlimeを開いたその時だった。
聞き覚えのある甘ったるい声。
何だかとても嫌な予感がした。
先輩の鋭い目付きに恐怖を感じ、思わず後ずさる。手に持ったスマホをとっさに巾着にしまい、「何でですか?」と恐る恐る問いかけた。
はぁ?と声を張らせる彼女に、思わず身が縮む。怖い、とても怖かった。
一歩一歩こちらへ歩み寄る先輩の威圧感に押し潰されそうになりながらも、勇気を振り絞りこちらも眉を釣り上がらせて先輩を見上げた。
先輩が代わりに涼介の所へ?
しかも私と涼介2人だけの秘密の所………。
もしも教えてしまったら、先輩は涼介に告白してしまうかもしれない。そして、涼介もそれをOKしてしまったら……。
そんなの嫌だ。
涼介がほかの人と付き合ってしまうなんて。
……それに、2人だけの秘密なのに、それをほかの人に教えてしまったら涼介を裏切る事になっちゃう。
だから………。
震える声で、精一杯そう伝えた。
いや……叫んだの方が正しいのかもしれない。
周りの人達が、こちらを見てはコソコソと何かを話し合っていた。
どこか恥ずかしさを感じながらも、そんな思いも涼介の事を考えればいとも簡単に消えてしまう。
私の言動に腹を立てた先輩が、手に下げていた少し重たそうなカバンで私の顔を思い切り殴った。
その勢いで思わず倒れ込んだ私に、先輩は鬼のような剣幕で「ふざけんなよ……っ」と呟く。
私と目が合うようにしゃがみ込んだ先輩は、酷く私を睨みつけながらその左手を上へ挙げた。
打たれる。
そう思って私は反射的に力一杯目を閉じた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!