第6話

甘い罠
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2023/04/06 23:00
マヨイ
マヨイ
ゆづる!
 帰ってきたマヨイをゆづるは呆然と見つめていた。
 急いでいたのだろうか、肩で息をしていてその声は怒りを孕んでいるように聞こえる。
 そんな彼の視線を辿ると、ゆづるが持っていたアイスがあった。
マヨイ
マヨイ
まさか……それを食べたのか!?
 走り寄ってきたマヨイはゆづるが手にしていたアイスをはたき落とした。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
あっ……
 地面に転がったアイスは熱で溶け地面に染みをつくる。
 ゆづるはなにが起きたか分からず、茫然と足元を見つめることしかできなかった。
オオガ
オオガ
あーあ、もったいない。いきなり酷いだろ、マヨイ
マヨイ
マヨイ
オオガ……お前、なんでゆづるにモノを食べさせたんだ!?
オオガ
オオガ
なんだよ。そんなにアイスが食べたかったのか?
店の中に嫌ってほどあるから、どれでも選んで好きなだけ喰えっていつもいってるだろ
マヨイ
マヨイ
とぼけるな! 一体どういうつもりなんだ!
 マヨイは戯けて笑うオオガの胸ぐらを掴みあげ、怒りを露わにした。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
マ、マヨイくん、落ち着いて。
オオガさんは落ち込んでる私を慰めようとしてくれてアイスを……
マヨイ
マヨイ
ゆづる……気付いていないのか?
 悔しそうにマヨイは唇を噛んだ。
 そしてその指先はゆづるの足を指している。戸惑いながらそれを追ったゆづるは目を見開いた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
なに……これ……
 右膝の下から足先にかけて真っ黒な影に飲み込まれていた。
 まるで足元に伸びる影が体に侵食しているかのようだ。
オオガ
オオガ
面白い迷信を教えてくれた嬢ちゃんに、俺からも一ついいことを教えてやろうと思ってな。
こっちの世界では、物を食べたら元の世界に戻れなくなるって噂があるんだよ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
!?
オオガ
オオガ
博識な嬢ちゃんなら知ってると思ったんだがなあ……まさか本当に食べちまうとは思わなかった
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
私を……騙したの!?
 オオガの言葉にゆづるの体から血の気がさっと引いていく。
オオガ
オオガ
騙したなんて人聞きの悪い。俺は教えてやっただけさ。
簡単に人を信じたらあっけなく死んじまうぞ? ってなあ?
 全身に鳥肌が立った。目の前にいる男が急に恐ろしく見えた。
 オオガは一切悪びれる様子無くけらけらと楽しそうに笑っている。
 あれほど美味しかった物が急に不味く感じ、ゆづるは急に込みあげてきた嘔吐感に口元を押さえた。
オオガ
オオガ
この世界の人間を簡単に信じちゃいけねぇよ。
自分の身を守れるのは自分だけだ。下手したらすぐに死んじまうぜ?
マヨイ
マヨイ
っ……ゆづる、一度部屋に戻ろう
 マヨイはゆづるの手を引くと、急いで二階の部屋へ駆けあがっていく。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
マヨイくん……どうしよう。私……死んじゃうの?
マヨイ
マヨイ
大丈夫。あれくらいじゃ死んだりしないよ。
ごめんね、ゆづるを一人にした僕が悪かった
  錯乱しながら右足をさするゆづるにマヨイは申し訳なさそうに謝る。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
私、本当に少し食べただけなの。
美味しくて夢中になっちゃって……勝手なことばかりして、ごめんなさい
マヨイ
マヨイ
ほんの一口食べただけだろう? まだ影に飲み込まれたわけじゃないから大丈夫だ。
それに僕も慌ててしまってつい怒鳴ってしまった。怖がらせてごめん……
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
ここでモノを食べたらどうなってしまうの?
マヨイ
マヨイ
こっちで食べ物を食べたり飲んだりすると、そうやって体が影に飲み込まれていくんだ。
そうすると、元の世界との繋がりが薄れてしまうっていわれてて……その証拠に、ほら
 マヨイはゆづるのスマホを指さした。
 それを見たゆづるは驚いて手を離し、手で口元を覆った。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
どうして……
 スマホの画面に表示されているのは、友人たちと撮った写真だった。
 四人で笑い合っている。だというのに、なぜかゆづるだけ体が透けて消えかけていたのだ。

 茫然としているゆづるに、マヨイは静かに尋ねる。
マヨイ
マヨイ
ねぇ、ゆづる
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……なに?
マヨイ
マヨイ
一緒に来た友達の名前思い出せる?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
あ、当たり前でしょ! 友達の名前忘れるはずが……
  名前をいおうと開けた口からは言葉は出てこなかった。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……思い出せない
 手が震えた。
 トンネルに一緒に来た友達がいたのは確かだ。人数は覚えている。女子が一人、男子が二人。
 それは間違いない。 

 でも、だというのに……どうしても彼らの顔と名前が思い出せない。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
どうして……
マヨイ
マヨイ
こっちに染まってしまうと、そうやって記憶が少しずつ消えていくんだ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
どうしよう。嫌だよ。私……元の世界に帰りたいのに!
帰りたいだけなのに、なんでこんなことに……どうして!
 パニック寸前のゆづるの肩をマヨイは掴み、力強く言葉をかけた。
マヨイ
マヨイ
落ち着いて。大丈夫。
君の名前は木﨑ゆづる。大丈夫だよ、僕はまだゆづるのことをちゃんと覚えているから
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
マヨイくん……
 マヨイの言葉にゆづるは落ち着きを取り戻していく。
 混乱で流した涙を拭い、再びマヨイを見つめる。
 このままじゃ駄目だ。年下の彼にいつまでも守ってもらうなんて自分が恥ずかしい。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
取り乱してごめん。もう、大丈夫。
マヨイくん。私、やっぱり元の世界に帰りたい。だからそのために、この世界のことを教えてほしいの
マヨイ
マヨイ
分かった。
じゃあ、一緒に村の探索にいこう?
今度は一人にしないから
 立ちあがったマヨイはゆづるに手を差し出した。
 ゆづるは覚悟を決め、その手を取り二人で部屋の外に向かったのであった。

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