第4話

異界の駄菓子屋さん
4,452
2023/03/23 23:00
 ゆづるはマヨイの後ろに続きながら不安げに村の中を見回していた。
 ここに来るまで数軒の家を見かけたが、人の気配はまるでない。商店の前を通っても扉は閉め切られている。
 まるで建物だけが取り残されたかのような空っぽの村は酷く不気味だった。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
(怖いな……)
 またあの化け物が出てきたらどうしようと、ゆづるは恐怖心に苛まれる。しきりに周囲を確認しながら無意識にマヨイと距離を縮めていた。
 その時、急に彼が足を止めたものだからゆづるはその背中に顔面を打ち付けた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
いった……
マヨイ
マヨイ
大丈夫? ここまでくればもう平気だよ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
ここは……
 鼻を押さえながら視線をあげると、そこには駄菓子屋が佇んでいた。
 店前には沢山のガチャガチャが並び、奥まった店内には駄菓子がずらりと並んでいる。
 懐古の気持ちをくすぐるような趣深い店構えにゆづるは安心感を覚えた。
マヨイ
マヨイ
さ、入って
 マヨイに促されるままに店内に足を踏み入れる。
 中には所狭しと駄菓子が並んでいた。最近見る機会が少なくなったけれど、トンカツの駄菓子や棒状のスナックなど見覚えがあるようなお菓子が並んでいた。
 種類豊富、色とりどりのお菓子はどれも食欲がそそられる。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
わあ……
 実家の近くにも子供の頃こんな駄菓子屋さんがあってよく通っていたことを思い出す。
 ゆづるはここが異界であることを忘れ、童心に返った気分で店内を見て回っていた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
ここがマヨイくんのお家なの?
マヨイ
マヨイ
いいや。僕は居候させてもらってるだけだよ。
いつも店番してるはずなのに……おかしいな。どこいったんだろう
???
???
おかえり、マヨイ
 マヨイが不審そうに店の中を探しはじめたとき、店の奥から男の声が聞こえてきた。
 暖簾をくぐり背が高い金髪の男が現れた。派手な柄シャツにサンダル。極めつけにサングラスという、いかにも怪しい風貌をしている。
???
???
あ? なんだ、人間か?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……ひっ
 男に睨まれ、思わずゆずるは後ずさる。
 もしかしたらこの男も化け物に変化して襲いかかってくるのかもしれないと身構えた。
マヨイ
マヨイ
ゆづる。この人は大丈夫だよ。
……まあ、確かに見た目はかなり怪しいけど
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
で、でも。さっきマヨイくんが『この村にはオニしかいない』って……
???
???
ああ? 
おいおい嬢ちゃん。俺をあんなヤツらと一緒にするなよ。失礼だな!
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
ご、ごめんなさい……!
 男に怒鳴られゆづるはさっとマヨイの後ろに隠れた。
マヨイ
マヨイ
やめろ。
ゆづるはここに来たばかりなんだ。あまり怖がらせないでほしい
???
???
へぇ……嬢ちゃん、新入りか
 謎の男は顎を撫でながらにやりとゆづるを見つめた。
 口元は弧を描いているも、瞳は真っ暗なサングラスに隠され窺えない。
マヨイ
マヨイ
怖がらせてごめん。
この人はオオガ。この駄菓子屋の店主で、僕をここに居候させてくれてるんだ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
き、木﨑ゆづるです。
さっきオニに襲われたところをマヨイくんに助けてもらって、ついてきました
オオガ
オオガ
ふうん。しっかり名前もいえるなんて立派じゃねえの。
マヨイもとうとう巣立ちの時期が来たってことかね?
 意味ありげにオオガがマヨイに視線を送ると、彼はゆづるを庇うようににらみ返す。
マヨイ
マヨイ
ゆづるが元の世界に帰る方法が見つかるまで、ここにいさせてくれないか?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
あの、お店の掃除とか……お手伝いできることはするので、よろしくお願いします
 深々と頭を下げたゆづるを見た瞬間、オオガは思いっきり噴き出した。
 腹を抱えてゲラゲラと笑っている。
オオガ
オオガ
ははっ、なんでこんな純朴そうな嬢ちゃんがこんなところに来ちまったのかねえ。
はー……苦しい。ま、こんな狭っ苦しい場所で良いなら好きに使え。どうせ客も来ねえしよ
 後は好きにやれ、とオオガは笑いを堪えながら再び店の奥へ消えていった。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……いても良いってこと?
マヨイ
マヨイ
分かりづらいけど、多分オオガはゆづるのことを気に入ったみたいだ。
この店の二階に部屋が幾つかあるんだ、そこを使うと良い。案内するよ
 そういうとマヨイは店の奥にある急な階段を上り二階へ向かった。
 みしみしと音を立てながら、ゆづるもその後を追う。
 二階は居住スペースになっているようだった。
 トイレや風呂、和室も幾つかあり奥の方にはキッチンが見える。
 といってもその内装はどれも昭和にタイムスリップしたかのように古く懐かしいものとなっている。
マヨイ
マヨイ
ゆづるはこの部屋を使って。
僕の部屋は隣だから。なにかあったらいつでも呼んで。
オオガはいつも一階にいるけど……基本的にはアテにしないほうがいい。いい加減なヤツだから。
 案内されたのは六畳の和室。押し入れの中には布団が入っており、窓からは村の街並みが見渡せた。
 ゆづるは窓際に歩み寄り外を見下ろした。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
ここにオニはやって来ないの?
マヨイ
マヨイ
うん。僕もしばらくここにいるけど、オニが入ってきたことは一度もないよ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
アユミたち……大丈夫かな
 ゆづるは不安になって俯いた。
 友人たちは無事だろうか。もしかして村の中をまだ彷徨っていて、オニに襲われていたりしたら――。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……やっぱり私、友達を探しにいかなきゃ
マヨイ
マヨイ
ゆづる
 ゆづるが部屋の外に出ようとするとマヨイは厳しい声で制した。
マヨイ
マヨイ
この村は危険が多い。何も知らない君が闇雲に探したところで無駄だよ。
僕も協力するから、一緒に友達を探しながら元の世界に帰れる方法を探していこうよ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
初めて会ったばかりなのに、どうしてマヨイくんはそんなに親切にしてくれるの?
 自分を助けてもマヨイに得はないはずだ。
 けれどマヨイは口元を綻ばせながら、こう返した。
マヨイ
マヨイ
特に理由はないよ。なんとなく、ゆづるは放っておいたらいけない気がしたんだ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
マヨイくんはとっても優しいんだね
マヨイ
マヨイ
……そんなこと、ないよ
 ゆづるが微笑むと、マヨイはふいに顔をそらした。
 表情こそ窺えないがその声音は暗く重たいものだった。
マヨイ
マヨイ
……とにかく、色々あって疲れただろうから少し休むといいよ。
それから詳しいことを一緒に相談しよう
 そういってマヨイは部屋を出た。
 一人になったゆづるは畳の上にごろりと寝転んでみる。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
これから、どうなるんだろう……。
 天井を見あげ、ぽつりと呟いた。
 不安でたまらないが、安全な場所にたどり着けたという安堵もあった。
 そのせいか急に怠くなり眠気を誘うように瞼が重くなってくる。窓の外に広がる茜色の空を見あげながら、ゆづるは睡魔にあらがえず瞼を閉じたのであった。

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