がらりと襖を開けて現れたのはオオガだった。
突然の登場にマヨイは驚きながらもゆづるを庇うように前に出る。
マヨイの問いかけにオオガはにかりと笑う。
彼の口から放たれたのは意外すぎる言葉だった。
オオガの提案に二人は呆気にとられ、互いに顔を見合わせる。
わかってねえなあ、とオオガは呆れたように腕を組んでいる。
彼の意図が分からず二人は肯定も否定もせず、沈黙が続く。
マヨイの制止も聞かず、オオガは部屋を出ていってしまった。
ゆづるは立ちあがって体を大きく伸ばした。
オオガの意図は分からないが、タダでここに滞在しているのだからそれくらいの手伝いはするべきだろう。
そして二人は一階に下り、いつもオオガが座っていたレジ前に待機することにした。
二人並んで座る。
時計の音だけが聞こえる静かな店内で、マヨイはつまらなさそうに頬杖をついていた。
穏やかな時間が流れていく。
互いに会話はなく、振り子時計の音だけが聞こえている。だけど気まずい雰囲気はない。
開け放たれている店の扉の向こうに見える夕暮れの景色はとても美しかった。
ぽつりと呟いたゆづるに、マヨイは静かに彼女の両手に巻かれた包帯を見た。
彼の影に覆われた右手と、ゆづるの左手は少し動かせば触れる位置にある。
お互いに少しずつこの異界に飲まれていることも、残り時間が少ないこともなんとなく察していた。
手持ち無沙汰なため、二人は店の掃除をはじめることにした。
マヨイは店内を、ゆづるは店の奥にある倉庫を掃除することにする。
はたきで棚に積もった埃を落としてゆく。
倉庫の中には駄菓子の在庫は勿論、何に使うのか分からないガラクタや古い壺などの骨董品が溢れていた。
壊さないようにしなければとはたきを動かしていると、上の方にあった箱にあたってしまった。
長方形の箱が棚の一番上に出っ張っていたのだ。絶妙なバランスを保っていたであろうそれはぐらりと傾き、ゆづるの頭めがけ真っ逆さまに落ちてくる。
これは絶対に落としたらまずいやつだ、とゆづるはなんとかその箱を受け止める。
しかし箱は想像以上に重く、体勢を崩してそのまま尻餅をついてしまった。
物音に気付き、マヨイが慌てて倉庫に駆け込んでくる。
ゆづるが受け止めたのは桐箱だった。
積もっていた埃を手で払うと、そこには「奉納」という文字と神社の名前が書いてあった。
そっと桐箱の中を開ける。
そこにはかなり古い物と思われる日本刀が入っていた。さらには古い新聞と、写真が二枚添えられていた。
マヨイは写真と新聞を手に取った。
一枚目の写真は沢山の村人が神社の前で楽しそうに笑っているもの。
二枚目はこの駄菓子屋。店先で老夫婦が神社の神主と思われる男と一緒に写真に写っていた。
挟まっていた古新聞は黄ばんでおり、所々が不鮮明だった。
唯一解読できるのは『閉鎖される村、最後の村祭り』と見出しがついた小さな記事だけ。
記事を見たゆづるの中で憶測が確信へと変わっていく。
賑わっていた村から人が消えた。そして人を集めるように神隠しが起こりはじめた。それは恐らく――。
マヨイの言葉にゆづるは眉を顰めうーんと唸る。
閉じられたトンネルを抜けて迷い込む異界。そしてやって来た人間は元の世界に帰れず、オニとなってこの村を永遠に彷徨い続けている。
確かに神様の祟りといえばその通りだろう。でも、本当にそれだけの単純な話なんだろうか。
その時、どこからか鈴のような音が聞こえてきた。
まるで日暮れを告げる時報のように村中に響き渡っている。
ゆづるがマヨイに視線を向けた瞬間、彼は膝から崩れ落ち床に倒れ込んだ。
マヨイは苦しそうに地面に爪をたてている。
みしみしと音が鳴り、堅い木の床に傷が刻まれていく。
ざわりと、彼を蝕む右腕の影が蠢いている。巻かれた包帯から煙があがるように黒い影が滲み出していた。
影が広がると共に、マヨイが纏う雰囲気に異変が生じた。
ゆづるはマヨイの傍により背中を摩る。
だが彼はなにも答えず歯を食いしばりながら、彼女の肩を掴んだ。
ぎりぎりと肩に指が食い込んで痛い。物凄い力だった。
最後にマヨイはそういい残し、ゆづるの腕の中に倒れ込んだのだった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。