第12話

ふたりきり
2,190
2023/05/18 23:00
 がらりと襖を開けて現れたのはオオガだった。
 突然の登場にマヨイは驚きながらもゆづるを庇うように前に出る。
オオガ
オオガ
んな警戒すんなよ。心配して様子見にきただけだっての。
嬢ちゃんも目ェ覚めたみたいで丁度よかったぜ
マヨイ
マヨイ
わざわざ上に来るなんて、なにかあったのか
 マヨイの問いかけにオオガはにかりと笑う。
 彼の口から放たれたのは意外すぎる言葉だった。
オオガ
オオガ
ちょっと今から留守にするんだ。おまえら二人で店番やってくれねえか?
マヨイ
マヨイ
……は?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……み、店番?
 オオガの提案に二人は呆気にとられ、互いに顔を見合わせる。
オオガ
オオガ
なんだ。不満か?
マヨイ
マヨイ
いや、するのは構わないんだけど。
店番なんかしたって、そもそも客なんか来ないだろ
オオガ
オオガ
わからねえだろ?
嬢ちゃんみたいに突然人間が来るかもしれねえし、オニが店を襲いに来るかもしれねえ。
何があるか分からないからこその店番だろォ?
 わかってねえなあ、とオオガは呆れたように腕を組んでいる。
 彼の意図が分からず二人は肯定も否定もせず、沈黙が続く。
オオガ
オオガ
黙ってんなら肯定と受け取るぜ?
あ、店番ついでに店と奥の倉庫の掃除も頼んだわ。
バイト代として好きなだけお菓子食って良いからよ。じゃあ、任せたぜ~
マヨイ
マヨイ
おい! オオガ!
 マヨイの制止も聞かず、オオガは部屋を出ていってしまった。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
オオガさん……いっちゃったね
マヨイ
マヨイ
全く……なんなんだよ、オオガのやつ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
でも、ここにいてもやることもなかったし。丁度いいんじゃない?
違うことやれば、なにか新しい発見があるかもしれないよ
マヨイ
マヨイ
ゆづるは本当に前向きだよな……
でも目が覚めたばかりで辛いだろ? 僕が店番やってるから休んでなよ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
ううん、もう平気だよ。それに寝てたって仕方ないしね
 ゆづるは立ちあがって体を大きく伸ばした。
 オオガの意図は分からないが、タダでここに滞在しているのだからそれくらいの手伝いはするべきだろう。
 そして二人は一階に下り、いつもオオガが座っていたレジ前に待機することにした。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
――いざ店番っていわれても、なにすればいいんだろうね
マヨイ
マヨイ
さあ。どうせ客なんか来ないんだからぼーっとしてればいいんじゃない?
 二人並んで座る。
 時計の音だけが聞こえる静かな店内で、マヨイはつまらなさそうに頬杖をついていた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
静かだね
マヨイ
マヨイ
うん
 穏やかな時間が流れていく。
 互いに会話はなく、振り子時計の音だけが聞こえている。だけど気まずい雰囲気はない。
 開け放たれている店の扉の向こうに見える夕暮れの景色はとても美しかった。
マヨイ
マヨイ
こうやって眺めている分には綺麗な場所なのにね
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
そうだね。ご飯を食べられないことと、オニがいることを除けば最高だね
マヨイ
マヨイ
ゆづるは体調はどう? お腹とか空かない?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
不思議だね。お腹も空かないし、眠くもないよ。私もだんだんこっちに馴染んできたのかな
 ぽつりと呟いたゆづるに、マヨイは静かに彼女の両手に巻かれた包帯を見た。
 彼の影に覆われた右手と、ゆづるの左手は少し動かせば触れる位置にある。
 お互いに少しずつこの異界に飲まれていることも、残り時間が少ないこともなんとなく察していた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……ふと思うんだよね。
マヨイくんとオオガさんと三人でずっとここにいるのもいいのかな……って
マヨイ
マヨイ
バカなこといわないでよ。さっき一緒に帰ろうって話したばっかりじゃん
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
ふふ、そうだね……ごめん
マヨイ
マヨイ
あー……そうだ。掃除頼まれてたんだっけ。
どうせ誰も来ないし二人でやっちゃおうか。そうしてればそのうちオオガも帰ってくるでしょ
 手持ち無沙汰なため、二人は店の掃除をはじめることにした。
 マヨイは店内を、ゆづるは店の奥にある倉庫を掃除することにする。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
結構埃っぽいな……
 はたきで棚に積もった埃を落としてゆく。
 倉庫の中には駄菓子の在庫は勿論、何に使うのか分からないガラクタや古い壺などの骨董品が溢れていた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
ただの駄菓子屋さんなのに、色んな物が置いてあるんだなあ……
 壊さないようにしなければとはたきを動かしていると、上の方にあった箱にあたってしまった。
 長方形の箱が棚の一番上に出っ張っていたのだ。絶妙なバランスを保っていたであろうそれはぐらりと傾き、ゆづるの頭めがけ真っ逆さまに落ちてくる。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
やば……っ!!
 これは絶対に落としたらまずいやつだ、とゆづるはなんとかその箱を受け止める。
 しかし箱は想像以上に重く、体勢を崩してそのまま尻餅をついてしまった。
マヨイ
マヨイ
――ゆづる、どうしたの!?
 物音に気付き、マヨイが慌てて倉庫に駆け込んでくる。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
はたきが当たっちゃって、これが落ちてきちゃったんだけど……
マヨイ
マヨイ
なんだその箱……?
 ゆづるが受け止めたのは桐箱だった。
 積もっていた埃を手で払うと、そこには「奉納」という文字と神社の名前が書いてあった。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
これ、さっきいった神社の物だったりしないかな?
マヨイ
マヨイ
なんで駄菓子屋にこんなものが……?
 そっと桐箱の中を開ける。
 そこにはかなり古い物と思われる日本刀が入っていた。さらには古い新聞と、写真が二枚添えられていた。
マヨイ
マヨイ
これ、この村の写真か?
 マヨイは写真と新聞を手に取った。
 一枚目の写真は沢山の村人が神社の前で楽しそうに笑っているもの。
 二枚目はこの駄菓子屋。店先で老夫婦が神社の神主と思われる男と一緒に写真に写っていた。
 挟まっていた古新聞は黄ばんでおり、所々が不鮮明だった。
 唯一解読できるのは『閉鎖される村、最後の村祭り』と見出しがついた小さな記事だけ。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
この村……やっぱり元々人が住んでたんだよ
マヨイ
マヨイ
村人がいなくなって、トンネルが閉じられて……ここは廃村になった
 記事を見たゆづるの中で憶測が確信へと変わっていく。
 賑わっていた村から人が消えた。そして人を集めるように神隠しが起こりはじめた。それは恐らく――。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
もしかして、私とマヨイくんがここに来たのは神様の仕業じゃないかな?
マヨイ
マヨイ
……神様の仕業?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
うん。村はなくなったけど、神社はそのまま残ってる。
神様はずっとこの村にたった一人取り残されたままなんだよ
マヨイ
マヨイ
あの神社に奉られてる神様の祟りだっていうのか?
 マヨイの言葉にゆづるは眉を顰めうーんと唸る。
 閉じられたトンネルを抜けて迷い込む異界。そしてやって来た人間は元の世界に帰れず、オニとなってこの村を永遠に彷徨い続けている。
 確かに神様の祟りといえばその通りだろう。でも、本当にそれだけの単純な話なんだろうか。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
――あれ
 その時、どこからか鈴のような音が聞こえてきた。
 まるで日暮れを告げる時報のように村中に響き渡っている。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
鈴の音だ……神社の方から聞こえるよ!
ねえ、マヨイくんいってみよ――
マヨイ
マヨイ
――ぐっ
 ゆづるがマヨイに視線を向けた瞬間、彼は膝から崩れ落ち床に倒れ込んだ。
マヨイ
マヨイ
が……っ、ぐあ……っ!
 マヨイは苦しそうに地面に爪をたてている。
 みしみしと音が鳴り、堅い木の床に傷が刻まれていく。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
マヨイくん!?
 ざわりと、彼を蝕む右腕の影が蠢いている。巻かれた包帯から煙があがるように黒い影が滲み出していた。
 影が広がると共に、マヨイが纏う雰囲気に異変が生じた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
マヨイくんしっかりして! どうしたの!?
 ゆづるはマヨイの傍により背中を摩る。
 だが彼はなにも答えず歯を食いしばりながら、彼女の肩を掴んだ。
 ぎりぎりと肩に指が食い込んで痛い。物凄い力だった。
マヨイ
マヨイ
ゆづる……にげ……ろ!
最後にマヨイはそういい残し、ゆづるの腕の中に倒れ込んだのだった。

プリ小説オーディオドラマ