階段を下りながらマヨイはぶすりと不満を零した。
確かにオオガのお陰でこの世界の恐ろしさは身に染みて分かったが、もうあんなことはこりごりだ。
右足は影に飲まれたままだ。歩くことに支障はないが、痛覚はぼんやりとしていてなんとも奇妙な感覚だった。
この異界の人間を簡単に信用してはいけない。
先程オオガにいわれた言葉が脳裏に蘇り、ゆづるは急に不安を覚えた。
外に探索にいくというのは実は罠で、村のどこかに一人置き去りにされるかもしれない。
もしかしたら、わざとオニに襲わせるかもしれない。
一度芽生えた不安は恐怖を助長させる。ゆづるは疑心暗鬼に陥って、思わず階段の途中で足を止めてしまった。
心を見透かすようにマヨイが見あげてくるので、ゆづるは思わず目をそらし口ごもってしまう。
マヨイがつけたお面の下の表情は読み取れない。分かるのは唯一見える口元だけだ。
悲しそうに歪む口元を見て、ゆづるははっとした。
彼はこの世界に来てからずっと自分を助けてくれた。
放っておけばいいのに、わざわざ安全な場所に案内してくれた。さっきだって自分のために感情を荒げあんなに怒ってくれていたじゃないか。
覚悟を決めた表情で階段を下りていくゆづるに、マヨイは目を瞬かせた。
彼を信じないでどうする。それこそマヨイに対する裏切りじゃないか。
その気持ちを込めるようにゆづるはマヨイの手を握る。
一緒に階段を下り、隣に並んだゆづるにマヨイはもどかしそうに口元を緩めた。
マヨイがレジに目をやると、オオガはにやけ顔でこちらを見ていた。
マヨイが怒ってもオオガはのらりくらりとかわしている。
本当に忠告を聞いているのか分からない。
いい加減な態度のオオガにマヨイは深くため息をついてゆづるを見た。
いってらっしゃい、とオオガの気の抜けた声を聞きながらマヨイとゆづるは二人で駄菓子屋を出て、異界の探索に繰り出すのであった。
*
村の中を二人で歩く。
駄菓子屋に来たときのように、何軒もの建物の前を通りかかったが相変わらず村はもぬけの殻だった。
当然人の気配もなければ、鳥や虫の鳴き声ひとつも聞こえない。
まるで自分たちとこの村だけが世界から切り離されたようだった。
村の中を一周した二人はバス停のベンチに座って休んでいた。
マヨイに一通り村の中を案内してもらったけれど、友人たちの姿は見当たらなかった。
マヨイは村の奥を見た。その方向にはオオガが待つ駄菓子屋があるだけのはずだ。
ゆづるの答えを聞いたマヨイは立ちあがり、帰り道――村の奥へと進んでいく。
駄菓子屋を通り過ぎ、少し歩くと長い石階段が見えてきた。
少し戸惑ったようにマヨイは階段の上を見あげる。
躊躇しているマヨイの腕を、今度はゆづるがひいた。
二人で長い長い石階段を上っていく。
その答えにマヨイはどことなく嬉しそうに微笑んだ。
そして息を切らしながら、二人で階段をあがる。後十数段。
息が切れ、膝が笑う。
そうして石階段を上り終えると、朱色の鳥居の足元を潜るとよくある神社の社と、賽銭箱が見えてきた。
膝に手を当て、俯きながら息を整えていると急にマヨイの声が強ばった。
すると急に頭上が陰った。太陽に雲がかかったんだろうか。
顔をあげて、後悔した。
マヨイはゆづるを庇うように前に出るも、二人で少しずつ後ずさる。
目の前には大量のオニ。突然現れたオニが二人を囲んでいたのだった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。