――夢を見た。
これはたぶん子供の頃の夢だ。
ゆづるは小学二年生のとき、父親の都合で小さな田舎の村に越してきた。
村の中はみんなが知り合いで。新しく引っ越してきたゆづるの家だけがよそ者だった。
編入した小学校のクラスに馴染めなかった引っ込み思案なゆづるに、いつも声をかけてくれていた少年がいた。
目を輝かせながら放たれる純粋な質問に、少年は苦笑を浮かべた。
今思えば、彼は孤独なゆづるを気遣ってくれていただけなのに。
年下の女の子のために、彼は他の友達の誘いを断りゆづると一緒にいてくれた。
ままごとや縄跳びにお人形遊び。
男の子にはきっとつまらないであろう遊びを少年は嫌な顔一つせず、日が暮れるまで付き合ってくれた。
ゆづるはそんな「おにいちゃん」が大好きになった。
おにいちゃんがいないとき、ゆづるはいつも村の中を一人で探検していた。
そこで見つけた綺麗な石や、風景をおにいちゃんと遊ぶときにいつも共有していた。
今日は特に自信があり、ゆづるは彼の手をぐいぐい引いて山の奥へと入っていく。
ゆづるは少年の手を引きながら山の中を進んでいく。
茂みをかき分け、葉がつくのも気にせず奥へ奥へと進んでいくと道が開けた。
ゆづるが見つけたのは山の中にある古いトンネルだった。
ゆづるが手を引いたが、少年は動かない。
いつも優しいおにいちゃんの声が強ばって、暗いトンネルの奥を見つめている。
ゆづるは不思議そうにトンネルの奥を見る。
トンネルからは風の音が反響し、不気味な音が聞こえてきた。
トンネルを見つめているとその暗闇に吸い込まれそうになった。
誘われるようにトンネルへ向けて足を進めたゆづるを、少年が引き留めた。
少年はにこりと微笑んで、ゆづるの頭を撫でた。
そうして二人で手を繋いで帰った。
ゆづるがトンネルにいったのはそれが最後だった。
その後、ゆづるはようやく学校にも馴染めて友達もできた。
するとおにいちゃんと遊ぶ機会も減っていった。そういえば、彼を最後に見たのはいつだったっけ。
お兄ちゃんはどんな顔をしていたっけ。
あれ、名前は?
彼の全部が思い出せない――あれ――。
懐かしい声がする。
誰かが優しく頭を撫でてくれている。
ゆづるが目を開けると、見慣れない天井が飛び込んできた。
背中には布団の感触。体を起こそうとするけれど、力が全く入らなかった。
夢見心地だ。
見ていた夢の懐かしさに、思わずゆづるの目から涙が一筋零れていた。
声がした方を見る。
マヨイが部屋の隅に座って、一枚の紙を見つめていた。
どうやら無事に駄菓子屋に戻って来られたようだ。
マヨイはゆっくりとゆづるの元に歩み寄ると、見ていた紙を差し出した。
それは一枚の写真。そこには笑っている二人の子供が写っていたのだった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。