第10話

遠い日の思い出
2,472
2023/05/04 23:00
 ――夢を見た。
 これはたぶん子供の頃の夢だ。
???
???
ゆづる
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
――おにいちゃん!
 ゆづるは小学二年生のとき、父親の都合で小さな田舎の村に越してきた。
 村の中はみんなが知り合いで。新しく引っ越してきたゆづるの家だけがよそ者だった。
 編入した小学校のクラスに馴染めなかった引っ込み思案なゆづるに、いつも声をかけてくれていた少年がいた。
少年
少年
今日も一人で遊んでたの?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……だって、一緒に遊んでくれるお友達いないんだもん。
いつも仲間はずれにされる
少年
少年
なら、僕と一緒に遊んでくれない?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
おにいちゃんも、友達いないの?
 目を輝かせながら放たれる純粋な質問に、少年は苦笑を浮かべた。
 今思えば、彼は孤独なゆづるを気遣ってくれていただけなのに。
少年の友人
おーい、空き地でサッカーするけどお前も来るか?
少年
少年
ごめん! 今日はゆづると遊ぶ約束したんだ! また誘って!
 年下の女の子のために、彼は他の友達の誘いを断りゆづると一緒にいてくれた。
 ままごとや縄跳びにお人形遊び。
 男の子にはきっとつまらないであろう遊びを少年は嫌な顔一つせず、日が暮れるまで付き合ってくれた。
 ゆづるはそんな「おにいちゃん」が大好きになった。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
――あのね、おにいちゃん! 私ね、すごいところ見つけたの! 来てっ!!
少年
少年
ちょっとゆづる! そんなに引っ張らなくてもちゃんと一緒にいくから大丈夫だよ!
 おにいちゃんがいないとき、ゆづるはいつも村の中を一人で探検していた。
 そこで見つけた綺麗な石や、風景をおにいちゃんと遊ぶときにいつも共有していた。
 今日は特に自信があり、ゆづるは彼の手をぐいぐい引いて山の奥へと入っていく。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
こっち! この森の向こうにあるの!
少年
少年
ゆづる……一人でこんなところまで来てたの?
 ゆづるは少年の手を引きながら山の中を進んでいく。
 茂みをかき分け、葉がつくのも気にせず奥へ奥へと進んでいくと道が開けた。
少年
少年
ここって……
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
じゃーん! すごいでしょ!
 ゆづるが見つけたのは山の中にある古いトンネルだった。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
きっとこの奥に秘密基地があるんだよ! おにいちゃん、一緒にいってみようよ!
少年
少年
――ダメだよ
 ゆづるが手を引いたが、少年は動かない。
 いつも優しいおにいちゃんの声が強ばって、暗いトンネルの奥を見つめている。
少年
少年
このトンネルには入っちゃいけないんだ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
どうして?
少年
少年
ばあちゃんがいってた。このトンネルの向こうにいくと、帰って来られないんだって
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
なんで? なんで帰って来れないの?
 ゆづるは不思議そうにトンネルの奥を見る。
 トンネルからは風の音が反響し、不気味な音が聞こえてきた。
少年
少年
ひとりぼっちの神様が神隠しをしてしまうから
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
神隠し?
少年
少年
うん。このトンネルの向こうに村があってそこに神様が一人で住んでるんだって
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
神様もひとりぼっちなの?
少年
少年
寂しがりやの神様が、人を呼んでしまうんだって
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……神様かわいそう。ひとりぼっちは悲しいよ。
わたしもひとりぼっちだから……お友達になれるかな?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
だれか……呼んでる気がする。
おいでおいで、って
 トンネルを見つめているとその暗闇に吸い込まれそうになった。
 誘われるようにトンネルへ向けて足を進めたゆづるを、少年が引き留めた。
少年
少年
ダメだよゆづる。
ゆづるには、お父さんやお母さんがいる。それに僕もいる。ひとりじゃないよ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……おにいちゃん?
少年
少年
もうここには来ないほうがいい。
次から探検するときは、僕も一緒にいくから。一人は危ないから絶対にダメだよ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
いいの?
少年
少年
うん。もし迷子になったら僕が助けてあげる。ゆづるは泣き虫だからね
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
ありがとう。おにいちゃんは優しいね!
 少年はにこりと微笑んで、ゆづるの頭を撫でた。
少年
少年
ほら、一緒に帰ろう。遅くなるとおばさんたちが心配するよ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
うん
 そうして二人で手を繋いで帰った。
 ゆづるがトンネルにいったのはそれが最後だった。

 その後、ゆづるはようやく学校にも馴染めて友達もできた。
 するとおにいちゃんと遊ぶ機会も減っていった。そういえば、彼を最後に見たのはいつだったっけ。

 お兄ちゃんはどんな顔をしていたっけ。
 あれ、名前は?
 彼の全部が思い出せない――あれ――。
???
???
――ゆづる
 懐かしい声がする。
 誰かが優しく頭を撫でてくれている。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
(私は、この手が大好きだった)
 ゆづるが目を開けると、見慣れない天井が飛び込んできた。
 背中には布団の感触。体を起こそうとするけれど、力が全く入らなかった。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……おにいちゃん
 夢見心地だ。
 見ていた夢の懐かしさに、思わずゆづるの目から涙が一筋零れていた。
???
???
目、覚めた?
 声がした方を見る。
 マヨイが部屋の隅に座って、一枚の紙を見つめていた。
 どうやら無事に駄菓子屋に戻って来られたようだ。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……マヨイ、くん?
マヨイ
マヨイ
ゆづる、ごめんね。
僕のこと、ゆづるにちゃんと話すよ
 マヨイはゆっくりとゆづるの元に歩み寄ると、見ていた紙を差し出した。
 それは一枚の写真。そこには笑っている二人の子供が写っていたのだった。

プリ小説オーディオドラマ