第11話

神に隠された少年
4,468
2023/05/11 23:00
 目覚めたゆづるのすぐ傍にはマヨイが座っていた。
 彼女が体を起こすと、マヨイは安心したように笑みを浮かべる。
マヨイ
マヨイ
僕のことを話す前にまずは確認。
……自分のこと、覚えてる?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……うん。私は、木﨑ゆづる。
あなたは……マヨイくん
 名前を呼ぶとマヨイはほっと胸を撫で下ろしたように見えた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
あの……私、あれからどうなったの?
マヨイ
マヨイ
オニに取り込まれそうになったんだ。
助けるのがもう少し遅かったら……危ないところだったよ
 マヨイがゆづるの手に触れた。
 視線を下ろすと、触れられた両手に包帯が巻かれていた。その奥には黒く蠢く影が見える。
マヨイ
マヨイ
侵食が大分進んでしまった。でも、しばらくは大丈夫だろうって……オオガが
 ふと彼を見ると首から顎にかけて、そして片腕も影に侵食されているではないか。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
それ……私を助けたせいで……
マヨイ
マヨイ
これくらい平気だよ。僕は少し侵食が広がっただけだから。
見た目は悪いけど、痛みもない。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
ごめんなさい。
私、マヨイくんに迷惑かけてばかりだ……。
迷惑かけて、助けてもらってばかりなのに……あんな酷いこといっちゃって……
マヨイ
マヨイ
……ごめん、ゆづる
 零れ落ちる涙を拭うゆづるにマヨイは頭を下げた。
マヨイ
マヨイ
僕がきちんと話さなかったら、ゆづるを不安にさせて追い詰めてしまった。
守るっていったのに……
 マヨイの声が、手が震えていた。
 影に覆われた黒い手と覆われていない白い手が、ゆづるの手を包む。
 彼の手はひんやりと冷たかったが、ゆづるが感じたのはぬくもりだった。
マヨイ
マヨイ
君を失うところだった
 懺悔のような呟きを聞きながら、ゆづるは視線を下ろす。
 布団の上に落ちている写真が目に留まった。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
その写真……
 小学生くらいの男の子と女の子が写っている古い写真だった。
 青空の下で二人が並んで立っている。だがその顔だけが黒い靄がかかったように暗く、誰なのかは特定できない、
マヨイ
マヨイ
ああ……これは僕が持っていた写真だよ。
写ってるのは誰かはわからないけど
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
どういう……こと?
マヨイ
マヨイ
僕もゆづると同じようにトンネルの向こうから来たんだ。
でも、僕はゆづるみたいに向こうにいた記憶はもうない。唯一の手がかりがその写真なんだよ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
マヨイくんも神隠しに?
マヨイ
マヨイ
ああ……もういつ来たのかも、自分の名前も思い出せないけど
この写真だけが僕を元の世界につなぎ止めてくれている気がするんだ
 ずっと肌身離さず持っていたんだろう。
 写真には少し皺がより、紙片はくたびれていた。
マヨイ
マヨイ
これまでずっと、ゆづるのように迷い込んできた人間を何人も見てきた
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
生贄にして脱出しようとは思わなかったの?
マヨイ
マヨイ
最初はそう思った。自分さえ助かればいいって。
人に騙されてオニになっていく人を見て。他人を蹴落として逃げていく人を見て……自分はこうはなりたくないと、思ったんだ。
結局僕はなにもできなくて、諦めかけていたところをオオガに拾われたんだよ
 マヨイが話してくれた今までの経緯をゆづるは静かに聞いていた。
 やっぱり彼は彼なんだ。仮面を被っていても……例え自分の身を守るためにオニと対峙せざるを得なくても。マヨイはマヨイだった。
 嫌いになんかなれなかった。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
やっぱり、マヨイくんはとっても優しいよ。
それなのに……私あんなに酷いこといってごめんなさい
 マヨイの想いを踏みにじってしまったと、ゆづるはマヨイに深々と頭を下げた。
マヨイ
マヨイ
僕は優しくないよ。
人間だと知っていながら、オニを何度も倒してきた。自分が生き残るために
 でも、とそこでマヨイは自分の服を捲った。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
うそ……
 ゆづるは息をのんだ。
 シャツの中は真っ黒だった。腕だけではない。服に隠れている体の大部分が影に飲み込まれていた。
 人間としての素肌の部分が圧倒的にすくないではないか。
マヨイ
マヨイ
もう、時間がないんだ。多分僕ももうすぐオニになってしまう。
だから、考えたんだ。
あんな化け物になってゆづるを襲うくらいなら、僕が生贄になってゆづるを元の世界に――
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
ダメ!

 ゆづるはマヨイの手を強く握った。
 マヨイはなんで自分を神社に誘ったのか、全てを察した。
 マヨイはゆづるを生贄にしようとしたわけじゃない。自分を生贄に捧げ自分を助けようとしてくれたんだ。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
ダメだよ。一緒に帰ろう、マヨイくん
マヨイ
マヨイ
えっ……
 マヨイがぽかんと口を開けた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
私はまだマヨイくんのこと覚えてる。私がマヨイくんを人間としてつなぎ止める。
オニになんか絶対にさせない! だから、二人で帰れる方法を探そうよ
マヨイ
マヨイ
ゆづる……
 ゆづるの真っ直ぐな言葉にマヨイはしばらく黙っていた。
 ゆづる自身も影に飲まれて、いつオニになってしまうかわからない。
 でも、ここで諦めるわけにはいかなかった。
 自分を助けてくれたマヨイのために。そして、自分のために、なんとしても元の世界に帰りたいと思った。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
きっと、帰る方法は一つじゃない。
異界に来られたんだから、帰る方法だってちゃんとあるはずだよ。だから……
マヨイ
マヨイ
……そうだね。一緒に帰ろう、ゆづる
 二人は繋いだ手に力を込めた。
 自分が何者か分からなくなっていく。でも、互いに覚えていれば大丈夫だと思った。
 全てが不確かなこの異界の中で、互いの手のぬくもりだけが確かなものだった。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
あのね、マヨイくん。
実は私、思い出したことがあるんだ
マヨイ
マヨイ
なに?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
子供の頃、私あのトンネルに来たことがあったの。
そこでね聞いた話があったんだ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
この村には――
 ゆづるが話し始めた瞬間、それを遮るように襖が開いた。
オオガ
オオガ
――よぉ、起きたみてえだな
 そこにはオオガがいつものように笑って立っていた。

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