目覚めたゆづるのすぐ傍にはマヨイが座っていた。
彼女が体を起こすと、マヨイは安心したように笑みを浮かべる。
名前を呼ぶとマヨイはほっと胸を撫で下ろしたように見えた。
マヨイがゆづるの手に触れた。
視線を下ろすと、触れられた両手に包帯が巻かれていた。その奥には黒く蠢く影が見える。
ふと彼を見ると首から顎にかけて、そして片腕も影に侵食されているではないか。
零れ落ちる涙を拭うゆづるにマヨイは頭を下げた。
マヨイの声が、手が震えていた。
影に覆われた黒い手と覆われていない白い手が、ゆづるの手を包む。
彼の手はひんやりと冷たかったが、ゆづるが感じたのはぬくもりだった。
懺悔のような呟きを聞きながら、ゆづるは視線を下ろす。
布団の上に落ちている写真が目に留まった。
小学生くらいの男の子と女の子が写っている古い写真だった。
青空の下で二人が並んで立っている。だがその顔だけが黒い靄がかかったように暗く、誰なのかは特定できない、
ずっと肌身離さず持っていたんだろう。
写真には少し皺がより、紙片はくたびれていた。
マヨイが話してくれた今までの経緯をゆづるは静かに聞いていた。
やっぱり彼は彼なんだ。仮面を被っていても……例え自分の身を守るためにオニと対峙せざるを得なくても。マヨイはマヨイだった。
嫌いになんかなれなかった。
マヨイの想いを踏みにじってしまったと、ゆづるはマヨイに深々と頭を下げた。
でも、とそこでマヨイは自分の服を捲った。
ゆづるは息をのんだ。
シャツの中は真っ黒だった。腕だけではない。服に隠れている体の大部分が影に飲み込まれていた。
人間としての素肌の部分が圧倒的にすくないではないか。
ゆづるはマヨイの手を強く握った。
マヨイはなんで自分を神社に誘ったのか、全てを察した。
マヨイはゆづるを生贄にしようとしたわけじゃない。自分を生贄に捧げ自分を助けようとしてくれたんだ。
マヨイがぽかんと口を開けた。
ゆづるの真っ直ぐな言葉にマヨイはしばらく黙っていた。
ゆづる自身も影に飲まれて、いつオニになってしまうかわからない。
でも、ここで諦めるわけにはいかなかった。
自分を助けてくれたマヨイのために。そして、自分のために、なんとしても元の世界に帰りたいと思った。
二人は繋いだ手に力を込めた。
自分が何者か分からなくなっていく。でも、互いに覚えていれば大丈夫だと思った。
全てが不確かなこの異界の中で、互いの手のぬくもりだけが確かなものだった。
ゆづるが話し始めた瞬間、それを遮るように襖が開いた。
そこにはオオガがいつものように笑って立っていた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。