第13話

タイムリミット
4,220
2023/05/25 23:00
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
マヨイくん! マヨイくん! どうしたの!? ねえっ!!
 ゆづるはマヨイの名前を呼びながら必死に揺さぶった。
 だが彼は苦しそうに呻き声をあげるだけだ。それどころか、黒い影の浸食が進み彼の全身を飲み込もうとしているではないか。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
どうしよう……マヨイくん、しっかりして!
???
???
――ははっ、時間切れだな
 倉庫の中に軽快な声が聞こえた。
 ゆづるが顔をあげると、そこには出掛けていたはずのオオガが立っていた。
 彼はニヒルな笑みを浮かべながらゆづるの傍で蹲るマヨイを見下ろしている。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
オオガさん!
今鈴の音が聞こえたと思ったら、マヨイくんが急に苦しみはじめて……どうしたらいいですか!?
オオガ
オオガ
どうしようもねえよ。コイツはもうとっくに限界こえてたんだ。
マヨイがオニになっていなかったのは……ただの気まぐれさ。
ははっ、見事に全身飲まれてやがるな。無様なこって
 オオガはマヨイの傍にしゃがみ、その顔を覗き込みながら哀れみの視線を向ける。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
限界ってどういうことですか!?
オオガ
オオガ
――ああ、もう。飽きた
 あれほど感情豊かだったオオガの表情から全ての感情が消えた。
オオガ
オオガ
この少年は他の人間とは違っていた。
だからわざわざ手元においてやったというのに。
こんな小娘一人に絆されるなんて、つまらない。所詮はお前もただの人間だったということか
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
オ、オオガ……さん?
 ゆづるはぞくりと背筋を凍り付かせた。
 オオガは何を考えているか読めない人物ではあったが、基本的には陽気で人当たりがよかったのに。
 彼はこんな恐ろしい表情を浮かべる人だっただろうか。
オオガ
オオガ
女。お前は本当に馬鹿だな
 恐ろしいほどの冷酷な瞳でぎろりとゆづるを睨みあげる。
オオガ
オオガ
ここにいる人間は誰も信用するなといっただろう。
だというのに……そんなに『絆』というものが大事なのか、人間
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
オオガさん……さっきからなにをいってるんですか
オオガ
オオガ
この少年は間もなくオニになる。
そうなったのは木﨑ゆづる。お前のせいだ
 オオガに指を指され、ゆづるは頭を殴られたような衝撃が走った。
 言葉が出てこない。
 マヨイがオニになる? いずれそうなるという話だった。でも、それは今じゃないと思っていた。
 こんなに突然、急に別れがくるなんて――。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
な、なにか助ける方法はありませんか!?
オオガ
オオガ
は、はははっ! まだ諦めないつもりか! 随分殊勝なことだな!
それほどまでにこの小僧が大切か?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
い、一緒に帰るって約束したんです! 
オニにはさせないって約束したんです! だから諦めるワケにはいかないの!
 ゆづるは憶せずオオガを見据えた。
 その瞳を見て、彼ははっと馬鹿にしたように鼻で笑いとばす。
オオガ
オオガ
面白い。精々足掻いてみろ小娘。
もし、万が一………マヨイが正気を取り戻したならば、共に神社に来るといい。
その時は俺も腹を括って、元の世界に帰る方法を教えてやるよ
 あばよ、とオオガはこちらに背を向けたまま手を振ると、再び姿を消してしまった。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……どういうこと
 一人取り残されたゆづるは混乱しながらも、マヨイの手を握り続けていた。
 為す術もなく、マヨイの体は影に飲み込まれ……とうとう全身が影に覆われてしまった。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
マヨイくん……お願い、元に戻って
 マヨイを救う方法は必ずなにかあるはずだ。
 ゆづるは諦めることなく、手がかりを求めて店や倉庫の中を探し回った。
 だがあるのは駄菓子やガラクタだけ。
 一体どうしたものかと途方に暮れていたとき、背中に衝撃が走った。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
――ぐっ!
 気付くとゆづるは棚に体を打ち付けていた。
 一瞬息ができなくて咳き込む。なにかに投げ飛ばされたような衝撃。床には駄菓子が散らばっている。
 なにが起きたんだ。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
マヨイくんを、助けなきゃ……
 とうとう店にもオニが現れたのだろうか。それならマヨイを連れて逃げないと――。
 目眩がする頭を押さえながら、倉庫へ戻る。
 彼が蹲っていたはずの場所には狐のお面がぽつんと転がっていただけだった。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
マヨイくん!?
 まさか、もうオニに襲われてしまったのだろうか。
 青ざめながら、ゆづるはマヨイを探す。
 ふと背後から気配を感じた。恐る恐る振り向くと、そこには黒い影――一体のオニが店の中に立っていた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
――マヨイ、くん?
 それがマヨイであると、ゆづるは直観的に理解した。
 全身が真っ黒い影に覆われたオニ。その額には一本の長い角が生えている。
 それは荒い呼吸を繰り返しながら、じっとゆづるを見据えていた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
どうして……マヨイくん!
 間に合わなかった――。
 彼の名前を叫ぶゆづるの目から涙が溢れる。
マヨイ
マヨイ
……ユヅル、ニ……ゲロ
 今までのマヨイとは姿形、声も違う。
 だが、目の前に立つオニは紛れもなくマヨイだった。
 それはゆづるを見据え、苦しそうに牙を剥き出し、悲しそうに目から一筋の涙を零した。

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