第14話

暴走
4,359
2023/06/01 23:00
マヨイ
マヨイ
……ぐ、ああああ!
 オニと化したマヨイは呻き声をあげながらゆづるに襲いかかった。
マヨイ
マヨイ
イケニエ……イケニエエェェェェェェッ!
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
マヨイくん!
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
マヨイくん! 私だよ、ゆづるだよっ! わからないのっ!?
マヨイ
マヨイ
――――――!
 もうマヨイにゆづるの声は届かなかった。
 獣のような瞳でマヨイは彼女を睨み、その命を奪わんと襲いかかってくる。
 すんでの所でゆづるは攻撃を躱し、じりじりと距離を取る。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
(どうにかしてマヨイくんを助けないと……)
オオガ
オオガ
《もう、手遅れだ。マヨイを助ける方法はない》
 先程のオオガの言葉が頭に響く。
 それを振り払うようにゆづるは首を振り、マヨイを見据えた。
 マヨイは最後に逃げろと涙を流していた。オニになって自分を襲いたくはないとも。
 大丈夫、どれだけ暴れていても彼の中にはまだ人間としての心が残っているはずだと信じていた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
絶対……絶対助けるから、マヨイくん!
 だがマヨイの暴走は激しさを増す一方だ。
 商品棚をなぎ倒し、店の中を滅茶苦茶に荒らしていく。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
(ここじゃ不利だ……)
 狭い店内では身動きが取れない。
 外に出ようと足を踏み出したとき、マヨイは次の攻撃を仕掛けてきた。
 躱そうとしたが駄菓子が散らばり、視界と動きを鈍らせ反応が遅れてしまった。
マヨイ
マヨイ
グゥルアアアアアッ!
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
――っ!
 マヨイの鋭い爪が、ゆづるの腕を切り裂く。
 滲む血に顔を顰め、腕を押さえながらゆづるはなんとかマヨイの隙をつき、店の外へ逃げ出すことに成功した。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
マヨイくんを止めないと……!
 逃げ出したのもつかの間。ゆづるの後をすかさずマヨイは追ってくる。
 店の前でゆづるは一瞬もたついた。
 すぐ上に神社はあるがあそこに行ってはまたオニに囲まれてしまう可能性がある。それにマヨイはまだオニのままだ。オオガとの約束はまだ果たせない。

 ならばと、ゆづるは逆方向に走った。
 助けはいない。隠れられる場所もない。自分の脚力だけが頼りだ。
 命がけで全速力で村の中を駆ける。息切れを気にしている場合ではない。
 神社の反対にあるのは――この異界へとつながるあのトンネルだ。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
っ、はあっ! はあっ……
 走りながら咳き込む。口の中は血の味で一杯だった。
 足はもつれ何度も転びそうになる。だけど決して諦めることはない。
 絶対にマヨイに殺されるわけにはいかない。マヨイは自分を傷付けたと知ったらきっと壊れてしまう。
 一緒に帰ると誓ったんだ。
 マヨイが自分を助けてくれたように、自分もマヨイを助けると……誓ったのだから。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
もう一回入ったら、元の世界に戻れるとか……ないよね
 あぜ道を抜けると、あのトンネルが見えてきた。
 トンネルに入る一歩手前でゆづるはようやく足を止めた。
 この先は行き止まりだ。他に逃げ道もない。
 このままトンネルを進めばもしかしたら元の世界に帰ることができるのではないかと、一瞬淡い期待を抱く。
 こんな危機的状況でそんな冗談を考えられるのだから、随分度胸がついたものだと自分を褒め称えたくなった。
 一か八かで試してみるか、とトンネルに入ろうとしたとき衝撃が走った。
マヨイ
マヨイ
……ツカマエ、タ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
――っ!
 マヨイに追いつかれたのだ。
 凄まじく強い力で地面に押し倒された。背中を強打して一瞬息が詰まる。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
マヨイ……くん
 マヨイは口から涎を垂らしながら、はーはーと荒い呼吸を繰り返している。
 ゆづるはそんな彼を茫然と見あげていた。
 命の危機が迫っているというのに、不思議と恐怖は感じなかった。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……マヨイくん、目を覚まして
 祈りを込めて、そっとマヨイの頬に手を伸ばした。
 そんな願いは届くことなくマヨイは唸りながら、ゆづるの首を絞めていく。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
ぐうっ……
 気管が締まり、息ができない。喉が押しつぶされ苦しくてたまらない。
 それでも ゆづるは諦めなかった。
 生理的な涙を流しながら、影に覆われたマヨイの瞳をじっと見つめる。
 その顔はどこか懐かしさがあるように思えた。
マヨイ
マヨイ
ユヅル……ニゲテ……
ボクヲ、コロシテ……
 ゆづるの頬に水滴が落ちる。
 マヨイが泣いていた。首にかけられた手の力が緩んだり強まったりを繰り返す。
 彼はオニになっても、まだ自分自身と戦っていたのだ。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
――ああ
 マヨイと目をあわせ、ゆづるははっとした。
 閉じられていた記憶の蓋がゆっくりと開いていく。 
 夢の中でずっと探していた。頭の中をずっと覆っていた靄がさあっと晴れていくのがわかる。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
(――思い出した)
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
――おにいちゃん
 ずっと忘れていた。あの人のこと。
 幼い頃のゆづるの傍にずっといてくれた、年上の優しいおにいちゃん。
 その顔も、名前も忘れてしまったのは……彼が異界に迷い込んでしまったからだったんだ。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
あなただったんだね……
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
いつも守ってくれていたのに……ずっと忘れていて、ごめんね
マヨイ
マヨイ
――――
 ゆづるも涙を流しながらマヨイの頬に両手をそえた。
 その瞬間、マヨイは目を見開き動きを止めた。首を絞めていた手からも力が抜けていく。
マヨイ
マヨイ
――ボクは。ダレ……?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
あなたが自分のことを忘れていても、私はあなたを思い出したよ。
ずっと……あなたのことを知っていたよ……
 ゆづるは力強くマヨイの目を見つめ、ゆっくりと体を起こした。
マヨイ
マヨイ
クルナ! ボくヲ……見るナ!!
 マヨイはゆづるから飛び退き、怯えるように蹲った。
 頭を抱え体を小さくしている。まるで迷子になって泣いている子供のように。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
大丈夫だよ。
今度は私が、あなたを守るから。だから……
 蹲っているマヨイをゆづるは優しく抱きしめた。
 呻き声をあげる彼の頭にゆづるはこつんと額を当てる。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
だから、戻ってきて。一緒に帰ろう――
 耳元で彼の『名前』を呼ぶ。
 その瞬間、マヨイは目を見開き、その体を光が包み込んだ。
 マヨイを覆っていた影が消えていき、元の体に戻ってゆく。
マヨイ
マヨイ
ゆ……づる……
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
もう、大丈夫だよ
……おかえり。おにいちゃん
 茫然としている彼を見て、ゆづるは涙を浮かべながら嬉しそうに微笑んだ。

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