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第1話

肝試し
22,870
2023/03/02 23:00
アユミ
ねえ、肝試しいこうよ
 何気ない友人の提案から全てがはじまった。

 八月。大学生の夏休みというものは想像以上に長い。高校のように追われる課題もなければ、どこにいってなにをするのも自由だ。
 幾らバイトに明け暮れていても暇を持て余すのは必然だった。
アユミ
ゆづるの地元に超有名な心霊スポットあるって話してたじゃん。そこいこうよ
カイト
それ「神隠しトンネル」だろ。ネットで超有名なの
タイチ
塞がれてるはずのトンネルの片側が開いていたら、異界にいけるって都市伝説だっけ?
カイト
そうそう。トンネル建設の邪魔だからって潰された村の祟りって噂だろ
 ゆづるがメッセージに気付いたときには既にグループチャットは心霊スポットの話題で持ちきりになっていた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
ごめん、今気付いた
タイチ
おっ、待ってました!
アユミ
ゆづる、もうすぐ実家帰るっていってたじゃん。ついでにそこ案内してよ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
やめたほうがいいよ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
そこ、地元の人は絶対に近づかない。近づいちゃダメっていわれてるから
タイチ
うわw これは都市伝説の信憑性増してきたね
アユミ
案内してくれるだけでいいの! トンネル入るのは私らだけでいくから! ねっ、お願い!
カイト
俺車出すし、付き合ってくれるお礼に家まで送ってくからさ!
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
(どうしよう……)
 ゆづるの反対を押し切り、友人たちはすっかり肝試しにいく気満々になっている。
 流れていくトークを見ながらゆづるはスマホを握りしめ、ため息をついたのだった。
タイチ
やってきました~神隠しトンネル!
 三日後の深夜二十三時。
 ゆづるを含めた大学生の男女四名は某県山中のトンネル前に立っていた。
 街灯一つない山道。ナビ上はいき止まりになっているが、目の前にはおどろおどろしいトンネルが佇んでいた。
 軽自動車が一台やっと通れそうなほどの狭いトンネルの入り口は申し訳程度に錆びた一本のチェーンで塞がれている。車のライトでトンネルの奥を照らしてもなにも見えない。
 じっとりとした夜の熱気と、蛙や虫のうるさい鳴き声が不気味さをさらに駆り立てていた。
カイト
じゃ、早くいこうぜ
アユミ
男たち、二人して逃げたりしないでよね
 入り口で立ち竦んでいるゆづるを置いて、三人はさっさとトンネルの中に入ろうとしていた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
ねえっ、本当にいくの!? やめたほうがいいよ!
アユミ
ここまできて引き返すわけないじゃん。ゆづは本当にビビりだよね
カイト
怖かったら車の中で待ってていいよ。元々ゆづるは案内だけの約束だし
タイチ
すぐ帰ってくるからさー
 ゆづるの制止を振り切り、三人はスマホのライトを頼りにトンネルの奥へと進んでいく。
 最初は中から彼らの楽しそうな声が反響して聞こえてきたが、そのうちなにも聞こえなくなった。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……なんでこんなことに
 一人残されたゆづるは不安を滲ませながらトンネルの奥をじっと見つめていた。
 鼓動が速まる。背後から気配を感じて振り向いたが気のせいだった。

 底知れぬ不気味な気配と恐怖感に襲われるのは、こんな真夜中に人気のない山奥にある最恐の心霊スポットの前に立っているせいだろう。
???
このトンネルに入ると神隠しにあうから近づいちゃダメなんだって
 子供の頃、一度だけ探検と称してこのトンネルに来たことがあった。
 なにも知らずに中に入ろうとしたら止めてくれた少年がいたことを、ゆづるはぼんやりと思い出した。
???
この奥には昔村があったんだって。でもトンネルが塞がれたから、もう誰も入れないんだ
 少し年上の頼れるお兄ちゃん的存在だった。
 物知りな彼は、手を繋ぎながら色々なことを教えてくれたっけ。
 とても優しくて、幼心に憧れを抱いていた。
 でも、今はもう彼の名前も顔もよく思い出せない。
アユミ
きゃあああああっ!
 その時、トンネルの奥から友人の悲鳴が聞こえた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
アユミ!?
 トンネルに向かって名前を叫んでも返事はない。
 いつの間にかうるさかったはずの虫たちの声が消え、辺りはしんと静まりかえっていた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
アユミ、タイチ、カイト! 大丈夫!?
 もう一度叫ぶが返事はない。
 鳥肌が立ち、冷や汗が噴き出す。不安と恐怖で心臓はうるさいくらいに音を立てた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
どうしよう、どうしよう
 警察に連絡するべき? でもここに来るまでかなり時間が必要だ。
 それに、肝試しに来たなんていったら迷惑がられるに決まっている。
 スマホを握りしめ一分、二分過ぎていく。だが待てど暮らせど友人たちは戻ってこない。
 こうなったら助けを呼ぶよりも、自分がいったほうが早いはずだ。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
いくしかない。私がいくしかない……大丈夫、怖くない
 手が震えていた。
 外は暑いはずなのに、歯がガチガチと音を立てる。
???
神隠しにあったら、向こうの世界に閉じ込められたまま帰ってこれないんだって
 頭の中に蘇るいつかの少年の声を振り払い、ゆづるは思い切ってトンネルの中に駆け出した。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
(走って、アユミたちと合流して……すぐ、引き返す!)
 トンネルの奥はいき止まりのはず。だからこうして走れば絶対に友人たちに追い付くはずだ。
 ゆづるは極力周りは見ないようにして、足元だけを見つめていた。
 自分の足音だけが反響している。しばらく走ったけれど、友人たちはまだ見つからない。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
ねえ、みんなどこにいるの!?
 ゆづるは泣きたくなった。
 肝試しなんて碌なことがないんだから、絶対にいきたくなかったのに。
 友人たちのせいでもあるが、押しに弱く彼らを止めきれず、ついて来ることしかできなかった自分を悔いた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
帰ったら絶対ラーメン奢ってもらうんだから!
 恐怖を怒りに変え、ゆづるは走った。
 その時、正面からぶわりと強風が吹き付けた。土埃に一瞬目を閉じる。
 あれ、なんで正面から風が? このトンネルは片側が塞がれているはずなのに――。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
えっ……
 ゆづるは目を疑った。
 見えないはずのトンネルの出口が見えたからだ。
 その向こうには真っ赤な夕焼け空が見え、風が吹き付けている。
 まるでなにかに導かれるようにゆづるが足を動かすと、出口はどんどん近づいてくる。
 そして彼女は友人とすれ違うことなく、とうとうトンネルをくぐり抜けてしまった。

 片側が閉じられているはずのトンネルの向こう――そこには夕焼けに染まる不思議な世界が広がっていた。

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