第19話

またね
3,385
2023/07/06 23:00
マヨイ
マヨイ
ゆづる、急ぐよ!
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
うん!
 マヨイはゆづるの手を引きながら、トンネルに向かって村の中を全速力で駆けていた。
 その間にも日は暮れていき徐々に辺りは暗くなっていく。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
本当に、トンネルくぐり抜けられるのかな!?
マヨイ
マヨイ
きっと大丈夫だ。オオガを信じよう。
ゆづる、僕の手を絶対離さないで
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
死んでも離さない。絶対一緒に帰ろう、マヨイくん
 ゆづるとマヨイは互いに手を強く握る。
 息も絶え絶えになりながら走り続けると、ようやくあのトンネルが見えてきた。
 二人は立ち止まることなく真っ直ぐに真っ暗なトンネルの中に突き進む。
マヨイ
マヨイ
振り返らずに走れ!
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
うん!
 トンネルの中に二人の足音が反響する。
 あれだけ不気味だったこの場所が恐ろしくなかった。
 それはきっと一人ではないから。
 強く繋いだ手。そこからお互いの温かい体温を確かに感じられていたからだ。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……マヨイくん、光が見えるよ!
 トンネルの奥に見える微かな光に目を細めた。
 閉じられているはずのトンネルの向こうが光輝いている。あまりにも眩しくて外の風景は見えない。
 だけど今までと明らかに異なる状況。あの光までたどり着ければ元の世界に帰れるのかもしれない。
マヨイ
マヨイ
頑張れ……もう少しだっ! 必ず二人で――!
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
きゃっ――!?
 その時背後から凄まじい突風が吹いた。
 吹き飛ばされそうな追い風に足をもつれさせながら、恐る恐る振り返る。
 するとどす黒く大きな塊が凄まじい勢いで二人の後を追いかけていた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
オニ!? なんでこんなところに……!
マヨイ
マヨイ
ここまで追っ手が!?
 二人は走りながら後ろを振り返った。
 その黒い塊の正体はオニだった。逃げ切ろうにもここは一本道。
 二人の足を凌駕する速度でオニたちは一塊となって猛進してくるではないか。
 狭いトンネルは一方通行。逃げ場なんてどこにもあるはずがなかった。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
追いつかれる!
マヨイ
マヨイ
――っ、くそ!
 咄嗟にマヨイはゆづるを庇うように覆い被さり地面に伏せた。
 その瞬間、二人は大量のオニに覆われる。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
――っ!
マヨイ
マヨイ
大丈夫、ゆづる。僕がいるから!
 ごうごうと凄まじい音が耳をつんざいた。
 あと一歩というところで脱出は敵わずオニに喰われるのか――。
 二人は身を寄せ合い、目を固く閉じるがいつまで経っても痛みは襲ってこなかった。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
――え
 しばらくして風が止んだ。
 ゆづるは恐る恐る目を開けて、状況を確認する。そして言葉を失った。
 オニたちは二人を襲うことなく通り過ぎていったのだ。
 彼らは光の方へ一直線に進んでいく。黒い影に飲み込まれていたオニたちが光に触れた瞬間、浄化されるようにじゅっ、と煙みたいに消えていくではないか。
オニ
オニ
ソトだ……
オニ
オニ
カエレル……ワタシのイエ……
オニ
オニ
ヒカリ……アタタカイ……
 体が消えていくというのに、オニたちは苦しんでいる様子はない。
 それどころか目から涙を流し嬉しそうに自ら光に身を投げていた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
オニが、消えていく……
マヨイ
マヨイ
みんな……この村から出たがっているんだ。
僕らと同じように元の世界へ帰ろうとしてる
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……私たちも帰ろう、元の世界へ
 走り出そうと立ちあがったゆづるは足に違和感を覚えた。
 足元を見ると巻いていた包帯がするりとほどけ、地面に落ちる。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
足が……
 黒い影に飲まれていたはずの足が元に戻っている。
 よく見ると腕も全部元通りになっていた。まるでオニ化の暴走から元に戻ったマヨイのように。
 満身創痍だったはずの体はとても軽くなっていた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
マヨイくん! 私も体が元に戻ったよ!
帰れる……一緒に帰れるんだよ!
 今度はゆづるがマヨイの手を引いて、ようやくトンネルの最奥へたどり着いた。
 光は目の前。元の世界は目と鼻の先だ。
 やっと。やっと元の世界に帰れるんだと、ゆづるの目に涙が滲む。
マヨイ
マヨイ
――やっぱり僕はダメだったみたいだ
 手が離れる感触と共に、背後から悲しそうな声が聞こえた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……マヨイ、くん?
 振り返ると、マヨイの体が消えかけていた。
 他のオニと同じように足元から崩れ去ろうとしている。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
マヨイくん、どうして!?
 ゆづるは慌ててマヨイの元へ駆け寄ろうとした。
マヨイ
マヨイ
ゆづる、来ちゃダメだ
 強い言葉で制止され、ゆづるはぴたりと足を止める。
マヨイ
マヨイ
僕はこの異界に長くいすぎたみたいだ。
異界の僕と、本来の世界の僕とでは流れる時間も体の成長も……きっと違っているんだろう
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
そんな! だって、二人で一緒に帰るって!
 涙を流しながら首を振るゆづるに、マヨイは笑みを浮かべる。
 そして、ポケットの中からあの写真を取り出してゆづるの手に握らせた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
これ……
マヨイ
マヨイ
これ、持っていて。僕の宝物なんだ
 それはマヨイが自分自身をつなぎ止めた大切な写真。
 黒い影に覆われていた二人の顔が光に照らされ露わになる。
 そこに写っているのは幼い頃のマヨイとゆづるの姿だった。
 二人で手を繋いで、楽しそうに微笑んでいる。
マヨイ
マヨイ
……ああ。やっぱり、いつも僕を助けてくれたのは君だったんだね、ゆづる
 写真を見たマヨイは嬉しそうに微笑んだ。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
マヨイくん……おにいちゃん! 嫌だよ、折角会えたのに!
会えて……思い出せたのにっ!!
マヨイ
マヨイ
ゆづるが僕のことを忘れずに覚えていてくれたら……僕もきっと生きていけるから
 マヨイはゆづるの涙を拭い、そして昔のように優しく頭を撫でた。
 懐かしいその手の感触に、ゆづるの目からは涙が止めどなく溢れだす。
マヨイ
マヨイ
だから――
 マヨイが狐のお面を外す。
 それは彼の手から滑り落ちると、地面に当たった瞬間に粉々に砕け散った。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……おにい、ちゃん
 目の前では、さっきまで一緒にいた少年より成長した、青年姿の彼が幸せそうに儚げな笑みを浮かべている。

 小さい頃からずっと頼りにしていたおにいちゃん。
 優しかったおにいちゃん。守ってくれたおにいちゃん。
 大好きだったおにいちゃん。
 でも、今自分の胸を占めるのは兄を慕う妹のような感情ではない。
 この胸の高鳴りは、彼を思うこの気持ちは――。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
しょうくんっ!
宵
またね、ゆづる
 宵は微笑みながらゆづるを光の中へと突き飛ばした。
 目映い光に包まれる中で、ゆづるは愛しい彼に向かって必死に手を伸ばす。
 だが、どれほど名前を叫んでも。必死にもがいても、彼は遠くにいってしまう。
 やがて宵はとても幸せそうに微笑んで手を振って――消えたのだった。
 ぱちん。
 シャボン玉が割れるように光が消えた。

 閉じられた村の長すぎた黄昏時は終わり、日が沈むと共に異界の扉は閉じられる。
 閉じ込められていた全ての人間たちを送り出し、今度こそトンネルは完全に塞がれる。
 これを最後に都市伝説「神隠しトンネル」の噂は途絶え、神隠しに遭う者は二度と現れることはなかった――。

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