第5話

待ち惚け
3,685
2023/03/30 23:00
 ゆづるははたと目を覚ました。
 いつの間にか眠っていたようだ。目覚めたら元の世界――なんて上手くはいかなかったようだ。
 どれくらい眠っていたのだろう。窓の外は変わらず茜空が広がっていて、時間感覚が酷く曖昧だった。
 体を起こすと頭が重い。眠り足りないように意識がまだぼんやりとしている。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……マヨイくん?
 マヨイを呼ぶが返事はない。
 確か隣の部屋にいるはずだ。廊下に顔を出してもう一度名前を呼んでもやっぱり反応はなかった。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
どこ行っちゃったんだろう……
 マヨイの姿が見えないことに一抹の不安を覚えながら、ゆづるは恐る恐る一階に下りてみることにした。
オオガ
オオガ
お、起きたのか。おはようさん
 するとそこにはオオガがいた。
 誰も客が来ないといっていたのに、律儀にレジに座って店番をしているではないか。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
あの……マヨイくん知りませんか?
オオガ
オオガ
アイツなら出掛けたよ。いつも通りその辺ぶらついてんじゃねえか?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
えっ……外にいくなら起こしてくれればよかったのに。
今から追いかけたら間に合うかな
オオガ
オオガ
おいおい、嬢ちゃん外にいくつもりか?
 慌てて店の外に出ようとしたゆづるをオオガが引き留めた。
オオガ
オオガ
嬢ちゃん、オニに襲われたんだろ?
身を守る術もねぇのにノコノコ出掛けるのは自殺行為だぜ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
でも、私だって早く帰りたいですし……それに、友達を探さないといけないんです
オオガ
オオガ
嬢ちゃん一人でなにができる。せっかくマヨイが救った命を無駄にするな。
どうしても探検したいっつーなら、ヤツが帰るまでここで待って一緒にいくことだな
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……オオガさん、ついてきてくれません?
オオガ
オオガ
ははっ、俺を誘うなんて大した度胸だ。
だが、やなこった。俺は大事な大事な店番っつう、お仕事があるからな
 お客さんなんてこないくせに、とゆづるは不服そうに眉を顰める。
 だがオオガのいうとおり、闇雲に動いてもまたマヨイに迷惑がかかるかもしれない。

 ならばせめて彼が帰ってきたらすぐ分かるようにと、ゆづるは店先にあるベンチに座ってマヨイを待つことにした。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
待ってる間になにかできること、ないかなあ
 空を見あげながらぼんやりと考える。
 オニさえいなければ、のどかで綺麗な場所なのになあ……とやけにゆっくりと流れる雲を眺める。 
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
異界から脱出する方法……
 文明の利器の存在を思い出し、ポケットからスマホを取り出すが当然の如く圏外だった。
 それなら頼れるのは自分の頭しかないと、必死に記憶を辿ってみる。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……そういえば
 都市伝説好きの友人、タイチが以前異界からの脱出方法について話していたような気がする。
 確か――煙をあげると元の世界に帰ることができるとか。
 ものは試しだと、ゆづるは一度店の中に戻る。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
オオガさん! ライターと紙があったら貸してくれませんか?
オオガ
オオガ
あ? 急にどうした。マッチならあるぜ
 なにするつもりだ、と紙とマッチを持ってオオガは興味津々に外に出てきてくれた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
オニに怯えて外を歩かなくてもいいんですよ! 煙をあげれば異界から脱出できるんです!
オオガ
オオガ
はあっ? なんだその迷信
 二人で店の前でしゃがみ込んで検証開始だ。
 呆れるオオガを余所に、ゆづるは喜々としてマッチに火をつけ紙に引火させた。
 じじ、と焼ける音がして焦げた臭いと一緒に煙が空にのぼっていく。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……これで
 ゆづるはもくもくと立ちのぼる煙を見つめていた。
 この煙が自分を元の世界へ導いてくれるはずなのだが――。
オオガ
オオガ
なあんにも起きねえじゃねえか
 視線をおろし、隣を見るとヤンキー座りをした彼が頬杖をつきながらこちらを見ていた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
友達が、異界に迷い込んだときは煙をあげるといいって……
オオガ
オオガ
それ、ソイツの実体験か? そんなもんで帰れたら苦労しねえだろ
つうか、煙出すだけでどうやって帰るんだよ。自分が天に昇るの間違いじゃねえのか?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
た、確かに……
オオガ
オオガ
ははっ、まんまと迷信に踊らされたな
 オオガはくくっと笑い、店の中に戻っていった。
 ゆづるは無性に悔しくて、バケツに水を汲んで燃えカスに思い切りかけた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
私本当に帰れるのかな
 濡れた地面を見つめながらゆづるは項垂れる。
 もう永遠にこの世界から帰ることはできないのかと、悲壮感が込みあげる。
 帰れないとしたらずっとここで暮すことになるのだろうか。いや、あのオニに食べられて命を落とす可能性だってゼロじゃない。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
みんなも心配してるよね……
 家族には友達に送ってもらって帰省すると伝えていた。
 両親とは約半年ぶりの再会になるはずだった。楽しみにしていただろうに、きっと今頃心配しているに違いない。
 友人たちの親御さんだってきっと同じ気持ちのはずだ――。
オオガ
オオガ
ほらよ
 差し出されたのは、真ん中から半分に折って分けるタイプのパッキンアイス。
 顔をあげるとサングラス越しにオオガと目があった。
オオガ
オオガ
んな悲しそうな顔すんなって。
落ち込んだときは甘いもん食べるにかぎるぜ?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
ありがとうございます……でも私お金ないから、大丈夫です
 財布が入った鞄は友人の車の中に置いたままだ。
 スマホだけしか持っていない。電子マネーも使えそうには見えないし。ほぼ無一文だ。
オオガ
オオガ
いーっていーって。俺の奢りだよ。ほら、喰えよ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……いただきます
 妙に優しいオオガに促されるままアイスを食べた。
 ひんやりとした甘さが口の中いっぱいに広がる。なに味だろう……紫色だからグレープだろうか。
 懐かしい味がした。このアイス、こんなに美味しかったっけ。
 冷たくて、甘くて。食べ進めるだけで天にも昇るような幸福感を覚えた。
 帰れないかもしれないという不安が消え、むしろこのままでもいいんじゃないかと…どうでもよく思えてきた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
とってもおいしいです…
オオガ
オオガ
そうそう。悩みも恐怖も全部忘れちまえばいいのさ。そうすれば楽になれる
マヨイ
マヨイ
ゆづる!
 オオガの声が遠くに聞こえる。
 微睡んでいるような心地よさを覚えてゆづるは目を閉じた。
 アイスを半分くらいまで食べ進めた頃、意識を呼び戻すようなマヨイの声が聞こえた気がした。

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