ゆづるははたと目を覚ました。
いつの間にか眠っていたようだ。目覚めたら元の世界――なんて上手くはいかなかったようだ。
どれくらい眠っていたのだろう。窓の外は変わらず茜空が広がっていて、時間感覚が酷く曖昧だった。
体を起こすと頭が重い。眠り足りないように意識がまだぼんやりとしている。
マヨイを呼ぶが返事はない。
確か隣の部屋にいるはずだ。廊下に顔を出してもう一度名前を呼んでもやっぱり反応はなかった。
マヨイの姿が見えないことに一抹の不安を覚えながら、ゆづるは恐る恐る一階に下りてみることにした。
するとそこにはオオガがいた。
誰も客が来ないといっていたのに、律儀にレジに座って店番をしているではないか。
慌てて店の外に出ようとしたゆづるをオオガが引き留めた。
お客さんなんてこないくせに、とゆづるは不服そうに眉を顰める。
だがオオガのいうとおり、闇雲に動いてもまたマヨイに迷惑がかかるかもしれない。
ならばせめて彼が帰ってきたらすぐ分かるようにと、ゆづるは店先にあるベンチに座ってマヨイを待つことにした。
空を見あげながらぼんやりと考える。
オニさえいなければ、のどかで綺麗な場所なのになあ……とやけにゆっくりと流れる雲を眺める。
文明の利器の存在を思い出し、ポケットからスマホを取り出すが当然の如く圏外だった。
それなら頼れるのは自分の頭しかないと、必死に記憶を辿ってみる。
都市伝説好きの友人、タイチが以前異界からの脱出方法について話していたような気がする。
確か――煙をあげると元の世界に帰ることができるとか。
ものは試しだと、ゆづるは一度店の中に戻る。
なにするつもりだ、と紙とマッチを持ってオオガは興味津々に外に出てきてくれた。
二人で店の前でしゃがみ込んで検証開始だ。
呆れるオオガを余所に、ゆづるは喜々としてマッチに火をつけ紙に引火させた。
じじ、と焼ける音がして焦げた臭いと一緒に煙が空にのぼっていく。
ゆづるはもくもくと立ちのぼる煙を見つめていた。
この煙が自分を元の世界へ導いてくれるはずなのだが――。
視線をおろし、隣を見るとヤンキー座りをした彼が頬杖をつきながらこちらを見ていた。
オオガはくくっと笑い、店の中に戻っていった。
ゆづるは無性に悔しくて、バケツに水を汲んで燃えカスに思い切りかけた。
濡れた地面を見つめながらゆづるは項垂れる。
もう永遠にこの世界から帰ることはできないのかと、悲壮感が込みあげる。
帰れないとしたらずっとここで暮すことになるのだろうか。いや、あのオニに食べられて命を落とす可能性だってゼロじゃない。
家族には友達に送ってもらって帰省すると伝えていた。
両親とは約半年ぶりの再会になるはずだった。楽しみにしていただろうに、きっと今頃心配しているに違いない。
友人たちの親御さんだってきっと同じ気持ちのはずだ――。
差し出されたのは、真ん中から半分に折って分けるタイプのパッキンアイス。
顔をあげるとサングラス越しにオオガと目があった。
財布が入った鞄は友人の車の中に置いたままだ。
スマホだけしか持っていない。電子マネーも使えそうには見えないし。ほぼ無一文だ。
妙に優しいオオガに促されるままアイスを食べた。
ひんやりとした甘さが口の中いっぱいに広がる。なに味だろう……紫色だからグレープだろうか。
懐かしい味がした。このアイス、こんなに美味しかったっけ。
冷たくて、甘くて。食べ進めるだけで天にも昇るような幸福感を覚えた。
帰れないかもしれないという不安が消え、むしろこのままでもいいんじゃないかと…どうでもよく思えてきた。
オオガの声が遠くに聞こえる。
微睡んでいるような心地よさを覚えてゆづるは目を閉じた。
アイスを半分くらいまで食べ進めた頃、意識を呼び戻すようなマヨイの声が聞こえた気がした。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。