第9話

オニの生贄
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2023/04/27 23:00
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
オニが……元人間?
 あまりの衝撃にゆづるは足を竦ませた。
 マヨイの話が本当だとしたら、さっき彼が殴っていたモノは――。
 ゆづるが唇を震わせながらマヨイを見ると、彼は悲しそうに視線をそらした。
マヨイ
マヨイ
彼らもまたゆづると同じようにトンネルの向こうから来たんだよ。
そしてこの村を彷徨い続けるうちに、記憶をなくして自分が何者なのかも分からなくなった。
オニを突き動かすのは元の世界へ帰るという意思だけだ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
どういうこと……?
マヨイ
マヨイ
ゆづるに隠していたことがあるんだ。
実は……異界から帰る方法、僕は一つだけ知ってる
 マヨイのいってることが理解できず、ゆづるは瞬きすら忘れていた。
 ゆっくりと顔をあげた彼は、隠していた秘密を打ち明ける。
マヨイ
マヨイ
この神社に奉られている神に、人間を一人生贄に捧げればいい
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
生贄……
 さっき倒れたオニの言葉を思い出す。
 いいや、あのオニだけじゃない。今まで出会ったオニはみんな「ニンゲン」「イケニエ」と口々に発していた。
 それは人間を襲うためじゃなくて、自分たちが救われるために――。
マヨイ
マヨイ
このオニは、元の世界に帰れず自我を忘れた成れの果て。
そして……生贄に差し出された哀れな人間の末路なんだ
 あまりの衝撃に狼狽えながら、ゆづるは社とマヨイを交互に見やる。
 この神社はマヨイが来ることを渋っていた場所。
 そして、二人でいけば何か変わるかもしれないといっていたことを思い出す。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
マヨイくんは……私を騙して、生贄にするつもりだったの?
マヨイ
マヨイ
違う! そんなことするわけがない!
 マヨイが声を荒げ一歩出た瞬間、ゆづるは後ずさった。
 怯えたような彼女の瞳にマヨイは一瞬狼狽える。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
今まで優しくしてくれたのも、そのためだったの?
マヨイ
マヨイ
違う。違うんだゆづる。
僕の話を聞いてほしい
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
マヨイくんはずっと……オニが人間だとしってて……何度も、何度もあんなふうに……
 独り言のようにブツブツと言葉を零すゆづるに、マヨイはまた一歩近づいた。
 彼女に触れようと手を伸ばす。
マヨイ
マヨイ
ゆづる……
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
来ないで!
 差し出されたマヨイの手をゆづるは振り払った。
 乾いた音がして、マヨイの手は力なく落ちる。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……私もいずれオニになるんでしょう?
マヨイ
マヨイ
ゆづるをオニなんかにさせない。そのために一緒に帰る方法を――
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
オニになったら、マヨイくんは私を殺すの? さっきの『人』みたいに
 マヨイは言葉を失った。
 返す言葉なんてなかった。そもそも、マヨイの声はもう、ゆづるの耳には届いてなどいない。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
オオガさんのいうとおりだ。
誰も……信じるべきじゃなかった
 ゆづるの目から涙が一筋零れた。
 自分の足を覆う影は、徐々に体を蝕んでいく。 
 この影に体が飲まれたらいつかあのオニのようになって、この村を彷徨うのだろう。

 もしかしたら自分がマヨイを襲い、そしてマヨイに殺されるかもしれない。
 逃げ場はない。生贄を捧げる以外に現世に帰る方法も分からない。
 それならマヨイを生贄に……? いや、誰かを犠牲にするという勇気は自分にはない。

 八方塞がりだ。全てがどうでもよくなった。 
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
私は……
マヨイ
マヨイ
ゆづる?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
私は……ダレ?
 頭の中から煙のようにすうっと何かが抜けていくような感覚。

 茫然と空を見あげたゆづるの目が虚ろになっていく。
 マヨイは彼女の異変を察し、すぐに走り寄った。
マヨイ
マヨイ
駄目だ! 君は木﨑ゆづるだ! しっかりして! 自分を失ったら駄目だっ!
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
もう……いやよ……いやだ……!
 一歩、一歩とゆづるは顔を押さえながら後ずさる。
 記憶が少しずつ消えていく。自分が誰かも、目の前にいる仮面の少年が誰なのかも、全てがどうでも良い。
 すると両手が影に飲まれていく。手だけではない、体全体が――。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
私は、私は……帰りたいだけなのにっ!
マヨイ
マヨイ
ゆづる!
 叫ぶように名前を呼ばれ、ゆづるは顔をあげた。
 頭上に落ちる影。そこにいたのは大きな大きなオニだった。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……あ
オニ
オニ
イケニエ ツカマエタ
 ゆづるを見下ろすのは大きなオニ。
 先程マヨイが蹴散らしたオニが一つになって戻ってきたのだ。
 オニは大きく口を開いて、ゆづるをぱくりとひと飲みにしようと迫ってくる。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
(動けない……)
 目の前が影に包まれていく。
 視界の端でこちらに走り寄るマヨイの姿が見えた気がした。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
(死にたくないな……)
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
(あれ、でも……どうしては私はこんなところにいるんだっけ)
 ぼんやりとオニの口の中を覗きながらゆづるはそんなことを考えていた。
 全ての音が消え、体から力が抜ける。


 これで、全ては終わったのだと、ゆづるは諦めたように目を閉じてオニの口に飲まれたのだった。

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