あまりの衝撃にゆづるは足を竦ませた。
マヨイの話が本当だとしたら、さっき彼が殴っていたモノは――。
ゆづるが唇を震わせながらマヨイを見ると、彼は悲しそうに視線をそらした。
マヨイのいってることが理解できず、ゆづるは瞬きすら忘れていた。
ゆっくりと顔をあげた彼は、隠していた秘密を打ち明ける。
さっき倒れたオニの言葉を思い出す。
いいや、あのオニだけじゃない。今まで出会ったオニはみんな「ニンゲン」「イケニエ」と口々に発していた。
それは人間を襲うためじゃなくて、自分たちが救われるために――。
あまりの衝撃に狼狽えながら、ゆづるは社とマヨイを交互に見やる。
この神社はマヨイが来ることを渋っていた場所。
そして、二人でいけば何か変わるかもしれないといっていたことを思い出す。
マヨイが声を荒げ一歩出た瞬間、ゆづるは後ずさった。
怯えたような彼女の瞳にマヨイは一瞬狼狽える。
独り言のようにブツブツと言葉を零すゆづるに、マヨイはまた一歩近づいた。
彼女に触れようと手を伸ばす。
差し出されたマヨイの手をゆづるは振り払った。
乾いた音がして、マヨイの手は力なく落ちる。
マヨイは言葉を失った。
返す言葉なんてなかった。そもそも、マヨイの声はもう、ゆづるの耳には届いてなどいない。
ゆづるの目から涙が一筋零れた。
自分の足を覆う影は、徐々に体を蝕んでいく。
この影に体が飲まれたらいつかあのオニのようになって、この村を彷徨うのだろう。
もしかしたら自分がマヨイを襲い、そしてマヨイに殺されるかもしれない。
逃げ場はない。生贄を捧げる以外に現世に帰る方法も分からない。
それならマヨイを生贄に……? いや、誰かを犠牲にするという勇気は自分にはない。
八方塞がりだ。全てがどうでもよくなった。
頭の中から煙のようにすうっと何かが抜けていくような感覚。
茫然と空を見あげたゆづるの目が虚ろになっていく。
マヨイは彼女の異変を察し、すぐに走り寄った。
一歩、一歩とゆづるは顔を押さえながら後ずさる。
記憶が少しずつ消えていく。自分が誰かも、目の前にいる仮面の少年が誰なのかも、全てがどうでも良い。
すると両手が影に飲まれていく。手だけではない、体全体が――。
叫ぶように名前を呼ばれ、ゆづるは顔をあげた。
頭上に落ちる影。そこにいたのは大きな大きなオニだった。
ゆづるを見下ろすのは大きなオニ。
先程マヨイが蹴散らしたオニが一つになって戻ってきたのだ。
オニは大きく口を開いて、ゆづるをぱくりとひと飲みにしようと迫ってくる。
目の前が影に包まれていく。
視界の端でこちらに走り寄るマヨイの姿が見えた気がした。
ぼんやりとオニの口の中を覗きながらゆづるはそんなことを考えていた。
全ての音が消え、体から力が抜ける。
これで、全ては終わったのだと、ゆづるは諦めたように目を閉じてオニの口に飲まれたのだった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。