おもむろに差し出された手をゆづるは思い切り叩いた。
尻餅をついたまま後ずさりする。
見知らぬ場所で不気味な化け物に襲われ、ゆづるは完全にパニックに陥っていた。
手足をばたつかせながら必死に抵抗しようともがく彼女の前に少年は跪いて目をあわせる。
ゆづるが名を名乗ると、彼の口元は弧を描いた。
殺意は感じない。どうやら本当にゆづるを襲う気はないようだ。
そこでゆづるはようやく少年の姿をしっかりと捉える。
自分と同じくらいの背丈。声変わりしたばかりの少年らしい声から察するに、数個年下のように思えた。
その時、二人の背後に倒れていた村人が、ギギギと鈍い音を立てて動き始めた。
あらぬ方向に曲がった腕で体を支えながら立ちあがろうとしているではないか。
背後を一瞬振り返り、少年はもう一度ゆづるに向かって手を差し出した。
少年の後ろには今にもこちらに襲いかからんと化け物が牙をむいている。
言葉の通じる謎の少年と、得体の知れない化け物――どちらを信用すべきかは明白だった。
手を握ると、少年は強い力でゆづるを引きあげる。
マヨイという少年に手を引かれながら走りだす。
振り返ると、村人の姿に扮した化け物は重そうな体を引きずりながら二人を追いかけようとしていた。
マヨイに殴られたことで足と腕を負傷したのだろうか。
オニと呼ばれる化け物はこちらのスピードについて来られないようだ。
身を隠す場所がないほど開けたあぜ道を、二人はただ必死に走った。
マヨイが足を止める頃には、集落の中心部へ来ていた。
家と家の間の塀にそっと身を隠し、ゆづるはようやくそこで息をつくことができた。
マヨイはトンネルを指さした。
そこでゆづるははっとして冷静さを取り戻し、友人たちのことを思い出す。
ここに来た経緯と、友人たちの名前と特徴を伝えるも少年はただ首を傾げるだけだった。
ゆづるは茫然と目を瞬かせた。
入ると神隠しに遭うというトンネルの都市伝説。まさか本当に自分がそれに巻き込まれたというのか。
はっきりとした言葉にゆづるはいい淀んだ。
確かにその通りだ。友人を止められなかったのも、嫌なら断らなかったのも自分の責任だ。
それだというのに友人のせいにして、見ず知らずの人物の前で泣き叫ぶだなんて子供っぽいにもほどがある。
マヨイの言葉をゆづるは一瞬理解できなかった。
マヨイは大きく息をついて、隠れたすき間から外の様子を伺う。
村の中はしんと静まりかえっていて、虫の音一つ聞こえない。
空には相変わらずの不気味な夕焼けが広がっている。
そうしてマヨイは再び手を差し出す。
この場所がなにか、自分の身になにが起きているかまだハッキリと理解はできていない。
でも今はこの少年の手を頼るしか自分に生きる道はないと思った。
そうして二人は手を繋いで誰もいない村の中を進んでいった。
まるで世界に二人だけしかいないのではないかと錯覚するほどに、聞こえているのは互いの息づかいと足音だけだった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。