第3話

狐面の少年
2,486
2023/03/16 23:00
???
???
大丈夫?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……っ!
 おもむろに差し出された手をゆづるは思い切り叩いた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
こっ、こないで!
 尻餅をついたまま後ずさりする。
 見知らぬ場所で不気味な化け物に襲われ、ゆづるは完全にパニックに陥っていた。
 手足をばたつかせながら必死に抵抗しようともがく彼女の前に少年は跪いて目をあわせる。
???
???
大丈夫。僕はコイツらみたいに君を襲ったりしないよ
???
???
僕はマヨイ。
君は? 自分の名前、いえる?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
木﨑、ゆづる
 ゆづるが名を名乗ると、彼の口元は弧を描いた。
 殺意は感じない。どうやら本当にゆづるを襲う気はないようだ。
 そこでゆづるはようやく少年の姿をしっかりと捉える。
 自分と同じくらいの背丈。声変わりしたばかりの少年らしい声から察するに、数個年下のように思えた。

  
 その時、二人の背後に倒れていた村人が、ギギギと鈍い音を立てて動き始めた。
 あらぬ方向に曲がった腕で体を支えながら立ちあがろうとしているではないか。
マヨイ
マヨイ
……もう、起きたのか。
ゆづる、ここは危ない。安全な場所に案内するから僕を信じてついてきてほしい
 背後を一瞬振り返り、少年はもう一度ゆづるに向かって手を差し出した。

 少年の後ろには今にもこちらに襲いかからんと化け物が牙をむいている。
 言葉の通じる謎の少年と、得体の知れない化け物――どちらを信用すべきかは明白だった。

 手を握ると、少年は強い力でゆづるを引きあげる。
村人?
村人?
マテ……マテ……
 マヨイという少年に手を引かれながら走りだす。
 振り返ると、村人の姿に扮した化け物は重そうな体を引きずりながら二人を追いかけようとしていた。
マヨイ
マヨイ
振り返らないで。真っ直ぐ前だけ見て走って
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
あれは、なに? 人間じゃないの?
マヨイ
マヨイ
あれは、オニ。理性を無くしてしまった化け物だよ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
オニ……?
 マヨイに殴られたことで足と腕を負傷したのだろうか。
 オニと呼ばれる化け物はこちらのスピードについて来られないようだ。
 身を隠す場所がないほど開けたあぜ道を、二人はただ必死に走った。
マヨイ
マヨイ
……もう、大丈夫そうだね
 マヨイが足を止める頃には、集落の中心部へ来ていた。
 家と家の間の塀にそっと身を隠し、ゆづるはようやくそこで息をつくことができた。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……この村にはあんな怖いものが沢山いるの?
マヨイ
マヨイ
そうだね。君が来たことによってまたオニは活発に動きだすかも
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……私が来たせいって
マヨイ
マヨイ
だって君はあのトンネルの向こうから来たんだろ?
 マヨイはトンネルを指さした。
 そこでゆづるははっとして冷静さを取り戻し、友人たちのことを思い出す。 
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
そうだ! 私以外に人を見なかった? 友達もこっちに来てるかもしれないの
 ここに来た経緯と、友人たちの名前と特徴を伝えるも少年はただ首を傾げるだけだった。
マヨイ
マヨイ
残念だけど、多分こっちに来てしまったのは君だけだと思う
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
私だけってどういうこと……?
マヨイ
マヨイ
ここは君が暮らしている場所とは違うセカイなんだ。
君は『神隠し』にあったんだよ、ゆづる
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
神隠しって……それはただの都市伝説じゃ……
 ゆづるは茫然と目を瞬かせた。
 入ると神隠しに遭うというトンネルの都市伝説。まさか本当に自分がそれに巻き込まれたというのか。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
ちょっと待って……帰る方法はないの……?
マヨイ
マヨイ
ゆづるは、元の世界に帰りたいの?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
当然でしょ! 本当は私こんなところ来たくなかったの。でも、友達が肝試しに来たいって無理矢理付き合わされて……こんなところで死にたくないよ!
マヨイ
マヨイ
来たくないなら断らなかった君も悪いと思うけど
 はっきりとした言葉にゆづるはいい淀んだ。
 確かにその通りだ。友人を止められなかったのも、嫌なら断らなかったのも自分の責任だ。
 それだというのに友人のせいにして、見ず知らずの人物の前で泣き叫ぶだなんて子供っぽいにもほどがある。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
……ごめんなさい
マヨイ
マヨイ
別に責めてるわけじゃない。
それだけ嫌がっていた君がトンネルに入ったのもなにか事情があるんだろう?
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
うん。トンネルの外で待っていたんだ。
でも途中で友達の悲鳴が聞こえたから気になって入ったらいつの間にかここに。友達の姿も見えないし、車が停めてあったはずのトンネルの向こう側へいけなくなってしまって……
マヨイ
マヨイ
そういうことなら協力するよ
 マヨイの言葉をゆづるは一瞬理解できなかった。
マヨイ
マヨイ
元の世界に戻る協力する、っていってるんだよ
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
なんで……はじめて会ったばかりなのに
マヨイ
マヨイ
なんとなく。君は放っておけない気がしたから。
それに、一度助けた人が襲われるのも寝覚めが悪いし
 マヨイは大きく息をついて、隠れたすき間から外の様子を伺う。
 村の中はしんと静まりかえっていて、虫の音一つ聞こえない。
 空には相変わらずの不気味な夕焼けが広がっている。
マヨイ
マヨイ
さ、いこう。詳しい話は安全な場所へ着いてからにしよう
 そうしてマヨイは再び手を差し出す。
 この場所がなにか、自分の身になにが起きているかまだハッキリと理解はできていない。
 でも今はこの少年の手を頼るしか自分に生きる道はないと思った。
木﨑ゆづる
木﨑ゆづる
よろしくね、マヨイくん
 そうして二人は手を繋いで誰もいない村の中を進んでいった。
 まるで世界に二人だけしかいないのではないかと錯覚するほどに、聞こえているのは互いの息づかいと足音だけだった。

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