次の日の朝、君の家の前で足を止めた。
一口、深く飲み込んでインターホンを押した。
電子音が静かに響く。
インターホンの向こうから、そんな声が聞こえてきた。
あなたのお姉さんだ。
…彼女が虐待を受けているのをただ見ている、傍観者。
何かしろ、と僕に言う権利はない。
僕だってそうだったのだから。
僕はぶつけてはいけない怒りを抑え込んで、口を開いた。
聞こえてくる声がいぶかしげな声に変わる。
もしかして、いじめられていることも知っているのだろうか。
しばらく、応答がなかった。
黙りこくったインターホンを僕はじっと見つめた。
しばらくして、声が聞こえた。
数分して、玄関の扉が開いた。
中から出てきた、金髪の女性。六花さんだ。
僕は中に入る。
彼女は僕に背を向けて歩き出した。
僕は靴を脱いで、その後に続いた。
僕と彼女の間に会話はなかった。
しばらく廊下を歩いて辿り着いたのは、一つの扉の前。
あなたの部屋だろうか?
コンコン、と彼女は扉をノックした。
久しぶりに名前を呼ぶのか、呼び方を忘れたような、そんな微妙な間があった。
少しして中から返答があった。
お姉さんがガチャリ、と扉を開ける。
中で座っていたあなたが、僕の顔を見て驚いたような顔をした。
僕はそう笑いかける。
彼女は動揺しながらも、おはよう、と返す。
僕は、出来るだけ笑顔を絶やさないように頷いた。
僕は中に入り、あなたの前に座る。
お姉さんも少し離れたところに座った。
震える声には、恐怖が滲んでいた。
隠してきたことが、バレていたことへの恐怖だろうか。
それとも…。
なんで、と口が動いた。声は、しなかった。
きっと君がいなければ、僕はもうこの世界から姿を消していただろう。
彼女は、目を見開いた。
消え入りそうな声でそう言って、うつむいた。
僕は彼女の手にそっと触れた。
ビクッと彼女の手が震えた。
彼女は顔を上げてこちらを見た。
その目には涙が浮かんでいた。
そう言って彼女が浮かべた笑顔を見ても、もう胸は痛まなかった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。