いよいよ本番だ。
ふたつのスポットライトが、それぞれゲスト用ステージの僕とリンク上の深田を照らした。
あっつ! この温度なんとかならない!?
と、言いたいところだが、とりあえず心の隅に置いておく。
深田を見ると、集中した様子で下を向いてスタンバイしていた。
悔しいけど、さすがだな。
曲のイントロを奏でるハープが流れ始めた。
僕が息を吸って歌い始めたと同時に、深田もゆっくりと顔を上げた。
観客席に手を伸ばしながら1ターン回って滑り出した。
スピードに乗ってジャンプを跳ぶために、どんどん加速していく。
そんな深田の背中を押したくて、自然と声に勢いがついた。
深田は前向きに踏み切った。ふわっと跳んで、コマのように高速で回り、流れるように着氷した。
大きな歓声と拍手が起こった。
ああ……曲に乗って跳ぶジャンプって、なんてすごいんだろう!
リハでも鳥肌立ったけど、今は本番だから痛いくらいだ。
改めてフィギュアスケートってすごいと感じさせられた。
だって、あの同級生が、王子にしか見えなくなっていくから。
そして、僕も……。
そして、大歓声に包まれてフィニッシュ。
高鳴りが止まない胸に手をあて、深々とお辞儀をした。
高揚している深田がそばに滑ってきた。
僕としたことが、興奮した気持ちに流されて駆け寄ってしまった。
深田の紅潮した頬を一筋の汗が流れた。
深田は軽々と僕を抱きかかえた。
さっきよりも身体が一気に熱くなった。必死に暴れたが、深田はそのままリンクの真ん中へ滑った。
な、なんか歓声がめちゃくちゃ大きくなってる……。
深田はゆっくりと僕を下ろした。ひとつのスポットライトが僕たちを照らした。
今、猛烈に殴りたいが、そんなことしたらアーティストとして失格だから、我慢した。
深田が左手を差し出した。
僕は深田の骨を折らない程度に力強く握った。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。