入院で分かったことは、ひとつ。
_____その症状が、全くの原因不明だということ。
こころは学校に通うことが許された。
首にコルセットのようなものを巻いてはいるが、こころ自身も首を動かさない生活に慣れてきていたのだ。
久しぶりの登校日、車から出てきたこころを見て、愛衣が声を上げた。
愛衣が手を振りながら駆けてくる。そしてその勢いのまま、こころに抱きついた。
愛衣はこころの巻いているコルセットには触れずに、会えたことを喜んでいた。
思えばこころは、あの態度に救われていたのかもしれない。
____そして、中学3年の夏。
朝食を食べていて、こころはそれに気がついた。
…首の違和感が消えていた。いや、違和感があった、と言うべきか。
母がちらりとこころの方に目を向ける。
言いながら、こころはゆっくりと首のコルセットを外した。
…こころ、と母が止めようとするが、それより先に外れる。
こころは、恐る恐る、ゆっくりと首を動かす。
…予想していた痛みは、来なかった。
原因不明の症状は、原因不明のまま唐突に消え去ったのだ。
_____それは、去年の夏のことだった。
……と、今までの回想をして、こころはまた首に手をやる。
そう思った途端。
ぱっと、脳裏にある光景が浮かんだ。
一面真っ黒な地面。木々は燃え、所々で火の手が上がる。
_____闇だ。と、こころは思った。
ふと、小高い丘のようなところが目に入った。
…そこに、漆黒の服を着た人が立っている。
風ではためく服をおさえもせずに、じっと真っ黒な世界を見つめている。
一際強い風が、そこを走り去っていった。
……その真っ黒い人影が、こちらを振り返る。
…こころは飛び起きた。
そして、はあ、と息をつく。
______夢、か。
青いベッドの上で何かを読んでいた実々が振り返り、こちらに目を向ける。
気遣わしげなその声に答えず、こころは首に手をやった。
夢の最後に見た丘を思い出す。そこに立つ、黒い人影。
…もしかして。
イヤな予感がした。
その時、鈴が白いドアを開けて中に入ってきた。
鈴の言葉に、こころは泣きそうになる。
……やっぱり。
実々の言葉を聞きながら、こころはうつむいた。
リビング・ダイニング(この白い建物の1番広いところ)に行くと、既に朝食はできていた。
キッチンにいる朔羅がピンクのエプロンを着ているのを見て、こころはつくってくれた人を察する。
みなかがこちらに顔を向け、人懐こい笑みを浮かべた。
そのまま、朔羅のいるキッチンに駆けていく。
「おはよう」と返しながら、こころは朔羅に申し訳なくなっておろおろする。
少しいたたまれなくて頭を下げると、かがみが笑った。
え? とこころは辺りを見渡した。
配膳を手伝った後、携帯をいじりだした、鈴。
こころと共に来た、実々。
フライパンを流しに置いて、水を注いでいる、朔羅。
それを慣れた手つきで手伝う、みなか。
白い椅子に座っている、かがみ。
……以上。
その言葉に、こころは拍子抜けしたように立ち尽くした。
うん、とかがみが頷く。
かがみが、こころ達の歩いてきた廊下をちらと見た。
その言葉に、実々が「かがみさんが連れてきたんでしょ」とつっこんだ。
その様子を見つめ、こころは確認するように呟く。
はあぁ、と、心底安心したように、こころは息を吐く。
その言葉に、思わずというようにかがみが笑った。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。