何度か静岡の方にあるメアリーさんと兄さんの墓参りに日帰りで行ったことがあるのよ。もちろんあなた抜きで、ね。
だって……どこまでも憎たらしかったあの子は、私の穏やかな心だけでなく息子の心まで奪ってしまったんだから。
正直何度も何度も殺そうかと思ったわ。
さっさと死ねだとか、殺してやるだとか、何度口にしたか分からない。
本当に迷惑な話だけど、本当に……本当に後悔しているのよ、これでも。
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全てを彼女から聞いた僕の心は、怒りと憎悪……そして嫌悪感という3つの感情が絵の具のように混ざり合い、得体の知れない色をしているようだった。
なぜ何一つ悪い事をしていないあなたがそんなあまりにも酷すぎる仕打ちを受けなければならなかったんだろう。
叔母さんに対しての怒りと憎悪で、今にも我を忘れてしまいそうだった。もしも今ここに凶器が転がっていたとしたら迷いなく襲いかかっている所だろう。
そして……なによりもやはり、あの時君を止められなかった僕自身に対しての自己嫌悪が僕の涙を誘う。何で……何で。
誰にぶつける訳でもなく、僕は僕自身に対して怒鳴り散らすように涙をこぼしながら声を荒らげていた。
隣にいる山田くんどころか、全ての元凶である叔母さんさえもがじっと黙り込んだまま、僕の癇癪が治まるまで俯きながら待っていてくれた―――。
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僕の心はもう絶望で溢れ返っていた。
もう何も考えたくない。もう何も……。
ごめんなさいと謝る叔母さんに軽く会釈をした僕は、何も言わずに山田を置いて1人歩き出した。
慌てて僕の方へと歩み寄ってきた山田くんに、一言「ごめんね」と消え入るような声で呟いた。
叔母さんから貰ったライターでタバコに火を付けた山田くんは「お前は愚者なのか?」と大きく息吹を漏らした。
ふいと視線を逸らし、立腹しながら静かに答えた。何が言いたいのか全く理解できない。
そのイギリス人作家の言葉と僕と、一体どう関係があるというのだ。
タバコを咥えながら得意げにニヤける彼の意図がようやく理解出来た。
……なんだ、そういう事だったのか。
今回もまた、山田くんに救われてしまったな……。
今度夕飯でも奢ってやるとしよう。いつもだけど。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!