第139話

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2023/06/11 00:00
翌日からお兄さんと約束した通り、
まずは自分の生活をきちんと送った。


清春のことを思い出そうと試行錯誤しながら、
それで勉強を疎かにはしなかった。


僕の今は、清春に作られた未来によって
出来ている。



秋が終わり、冬が来る。

必死になって受験を何とか終えた。

第二志望ではあったが、春には皆より二年遅れて
県内の大学に入ることが出来た。


清春が聞いたらどんな顔をしてくれるんだろう。

喜んでくれるかな...


良く晴れた春の午後。

合格祝いに、何度か行ったことがある桜並木が
有名な公園で涼雅と三波斗とお花見をする。


早咲きの桜が揺れていた。

風が吹くと、まだ少し肌寒いような季節だ。

涼雅手作りのお弁当を堪能した後、
公園内を散策する。


涼雅はポットに入れてきた紅茶を、紙コップに
移して渡してくれた

フルーティーな、典雅な香りが鼻腔をくすぐる。
小太郎
小太郎
何だか、懐かしい香りだ~
桜の花を見ながらどんな気負いもなく言うと、
涼雅と三波斗は動きを止めた。
三波斗
三波斗
小太郎.....それ、いつかも言ってたで
小太郎
小太郎
え、そうなの?いつかって、いつ?
躊躇うような二人の素振りから、
それが障害を負っていた時のことだと分かった。

涼雅が詳細を話してくれる。


高校二年生の頃の、4人で水族館に行こうとした
ときのことだ。
涼雅
涼雅
清春がお兄さんと突然会うことになって
俺たち3人で水族館に行くことになった
日があってさ。
籠のバスケットに入った、清春が作った
お弁当を持ってて....
涼雅
涼雅
具が沢山の綺麗なちらし寿司で、
それにも合うからって
清春が淹れてくれてた紅茶を飲んだんだ
その時、小太郎が今と同じこと
言ってたからさ。
三波斗
三波斗
実はその前にも清春ん家で、
紅茶をご馳走になったことがあってさ
二人はそれから、少しだけ専門的な話をした。

人間の嗅覚は、記憶と感情を処理する「海馬」
という部分に繋がっているらしい。

そのため、香りによって記憶が呼び起こされる
ことがあるんだそうだ。


僕は話を聞き終えると目を伏せた。

琥珀色の液体は音もなく佇んでいる。


そこに今、一片の桜の花が舞い落ちようとして、
反れた。


そうやって僕は、あと少しのところで清春の記憶に
触れることが出来ずに、終わるのだろうか。



これまでにも何か思い出せそうな瞬間があったのに、
するりとそれはこぼれていった。

そんなことを思いながら
小太郎
小太郎
そっか
と二人に言葉を返す。

紅茶を啜った。

















『明日の小太郎も、俺が楽しませてあげるわ!』







どんな理解も認識もないままに、誰かの言葉が、記憶の池から立ち上がった。

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