人とのコミュニケーションはおろか私や早織さん以外の女性と話すことも大の苦手な筈の彼方くんがどういう訳か、私に手を上げようとした女子生徒の腕を掴み、低い声でそう言った。
私の帰りが遅いから、と思ったところでわざわざ中庭から教室までやって来て私を助ける意味なんて彼には──
彼方くんの強い剣幕には女子たちも怯み、さっと手を離したじろぐ。
そのうちの1人がばつが悪そうな顔で逃げるように教室を出ていくと、それを合図にバタバタと彼女ら全員が教室から居なくなった。
残されたのは__私と彼方くん、それから未央だけ。
泣いたままだった未央が私を庇った彼方くんを前にし、その場に泣き崩れる。
それに手を差し伸べようとする私の手を制止したのは彼方くんだった。
そう言うと彼方くんが未央に手を差し出した。
驚く未央の腕を掴み、引っ張り上げるような形で立ち上がらせブレザーのポケットから取り出した白いハンカチを渡す。
呆然と立ち尽くす未央を置き去りにし、彼方くんに引っ張られるまま私は教室を後にした。振り向きざまに見えた未央はやっぱり泣いていて。でもどこか安心したように笑っていた。
私たちの集合場所となりつつある中庭のベンチに着くや否や、彼方くんは腕で顔を押さえながらそこに倒れ込んだ。
私が慌てて揺さぶると、触るだけで熱いほど顔が真っ赤になっていることに気付く。
人と話すことはおろか、本当は誰かに強く言うことが苦手なくせに無理して言ってくれたんだ。
これは、私が彼方くんの“友達”だから? そういえばいつだったか、彼に言ったことがあったか。友達は対等で助け合える関係だと。彼方くんは真面目だから、それを覚えていたんだろうか。
ああ、もう。こんなことされたら。
私だけ幸せにさせられるなんてずるい、その言葉が喉の辺りまで出かかったところで無理やり飲み込んだ。この言葉はまた今度で良いか。
疲れ果てて寝てしまったのか、ベンチに寝転がる彼の返事は無かった。
もう、この人ってば。……不器用だよね、君は。心の中で小さく嘆息しつつも私の表情は緩んでいて。
自分の着ていたブレザーを脱ぎ、ブランケット代わりにでもと彼方くんに掛けてやると先程は避けてしまった彼の整った顔に、つい悪戯心が湧いた。
やっぱり返事は無くて、私は溜め息と共に苦笑した。
彼の隣に、とベンチに腰掛けると暖かい空気が私を包み、つい微睡む。
そんな彼方くんの小さな呟きに、私が気付くのはまだ先のお話……
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!