浮かない気分で登校したその日。
やけに教室中から不思議な視線を感じた。
何だろう…?何かしたっけ。
私は特に目立つ方でも無いし、そもそも注目される理由が一つも思い付かない。未央はまだ登校していないようで、少しいたたまれない気持ちになりながらも荷物を置き自分の席についた。
私の声で教室中が一気にざわめく。
それもその筈。教室のドアに手をかけ仏頂面で立ち尽くしていたのは学園中の誰もが知る一匹狼こと、一宮 彼方だったのだから。
彼は私に気が付くとわざとらしく溜息をつき、こっちへ来いとでも言うように手でジェスチャーをした。
な、何なのよ。あの人。もしかしてビンタした恨みを晴らしに来たんじゃ……どうしよう、父さんの会社って何か一宮グループと取引してたっけ。いや、会社は関係なく私がこの学園から追い出されるとか…? そんなの、無理を言って一人暮らしを認めてくれた両親に顔向け出来ない。
そんな悪い考えばかりが渦巻いて呆然と立ち尽くす私を、クラスメイトの一人がどんっと押した。
バランスを崩して転びかけたところで、一宮くんが私の腕をぐっと引く。
整った顔が近付いて、思わず胸の辺りがドキッと跳ねたのが自分でも分かってしまった。
そうして私は一宮くんに腕を引かれるまま半ば強引に、教室を後にしたのだった───
────────
一宮くんに連れられてやってきたのは人気の無い中庭。
寂れたベンチに腰を掛け、彼はあくまで真剣そうな面持ちでそう言った。
今、なんて言った?友達……?
頭の中に湧くのは?のマークばかりで、何一つ状況を飲み込めない。
てっきり彼は私を怒りに来たんだと思っていたのに。
その声は段々と尻すぼみになっていき、そこにいるのは学園の一匹狼でも、先日の傲慢男でもなく、ただ顔を真っ赤にして俯く一人の少年だった。
つまり、彼は。
ビンタされたことを怒るでもなく、自分なりに反省して。合理的だとか何とか言いつつも、結局のところ一宮 彼方という人間は───
思わず笑みが零れる。
悔しそうに真っ赤な頬で睨んでくるも何も言い返せず、プルプルと震えている。そんな一宮くんを、実家の弟のようで可愛い、そう思ってしまった。
私は笑って彼に手を差し出した。
少し恥ずかしそうにしながらも彼は私に倣ったように手を握り、そう言った。
“彼方くん”と“瀬奈”、か。今はまだ慣れない響きがどこかくすぐったいけれど、案外良いかもしれない。
こうして少し不思議な出会いをした私達は、不思議な友達関係を築くことになった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!