都心部と反対の方向へ歩いていけば、山か海のどちらかに辿り着くのは必然ーーそして私達は山の麓に来ていた。車より虫の方が喧しい。
距離的に歩いて帰られないこともないが、電車の方が楽なので、ここまで来る道すがらそういう話をしていた。
で、今は最寄りの駅まで向かっている最中である。
ーーとは言ったものの。
通行人も車もそれほど居らず、建物は精々二階まで、田畑が占める土地面積の割合がその他と比べて圧倒的ーーそんな絵に描いたような田舎風景は、生では見たことがなかったため新鮮である。
それと、空気がおいしい、という言葉の意味を初めて理解出来た。
そんな閑古鳥が鳴く駅だったけど、三十分ほど経てば電車が来ることが分かったので切符を購入。私達はホームのベンチに座った。
ーー静かだ。
なんだかんだ未だ心境を明かせていないし、話すなら今かな。
ーーそんなくさいセリフ、よく言えるな。
いつしか離していた手を、もう一度握る。そして大洞君の目を真っ直ぐに見つめた。
ーーとても澄んだ瞳だ。そこにあるのは、何一つ穢れを知らない子供のような純粋さ。私の、死んだ魚のような目とは真逆の輝きを放っている。
そこに私が入り込めば、濁ることは必至。
大洞君は、私を受け入れてくれるだろうか。
その時。大洞君は、不意に私を抱きしめてきた。
ーー瞬間、色々な情報が私の脳を駆け回る。
シトラスミントの香りと、ほんの少しの汗の臭いが、私の鼻腔を擽る。華奢だと思っていたのに、思った以上に逞しい肉体。少し高めの体温。
ーーよくわかんないけど、嫌ではない。
そして、ゆっくりと背中に手を回してみれば、感じられる胸板の厚さと、彼の温もり。
ーー聞こえた。
確かに聞こえた。
しっかりと、それでいて優しく私を抱きしめながら、耳元で囁いた大洞君の言葉。
感慨無量とはこのことか。
大洞君ーーいや。
隆之からの確固たる熱意、そして好意。
とても、とても、嬉しい。
ハグする力が、お互いに強くなる。
このままひとつになってしまうようなーー強いハグ。
でも、それでよかった。今はとにかく、隆之を感じたい。
その言葉が引っかかるなり、私は自室の机の引き出しに入っている腕時計を思い出した。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。