第7話

君がいないと……
902
2020/10/01 04:00


 今日は何をしようか、なんてつづると話しながら、私たちは手をつないで行くあてもなく町を歩いていた。

 目的地もやることもないひまな時間。だけど、綴と2人で町を歩くだけで、今までとは違う景色が見れて楽しい。


 最近は綴の妖怪との関わり方も変わり、人が近くにいないのを見計らってたくさん彼らと遊んでいた。それでも、やっぱりビニール傘は持っているが、そこは仕方ないところなんだと思う。


 先日、綴になついていた化けたぬきも、毎日のように彼の首に巻き付いている。綴は、さすがに暑い、と愚痴をこぼしていたけど、その表情は満更でもなさそうで可愛い組み合わせだと思う。
高槻 空央
高槻 空央
(このまま人とも普通に話せるようになれば……)


 無理に関わろうとしてほしいわけではないけど、綴にとっていい方向に進めばいいなと常々つねづね思っている。

 ふと、道端みちばたに寝転んでいる人に似た妖怪が目に入り、私はいいことを思いついてしまった。

高槻 空央
高槻 空央
(見た目が人に似てるし、この町の人と話して慣れるよりいいかも!)
高槻 空央
高槻 空央
ねぇ、あの妖怪っていつもあそこで寝転んでるよね
森園 綴
森園 綴
あぁ、確かにそうだね
高槻 空央
高槻 空央
少し話しかけてみようよ!
森園 綴
森園 綴
いいけど、危ない奴だったらすぐに逃げようね?
高槻 空央
高槻 空央
うん! わかってるー!
高槻 空央
高槻 空央
ねぇねぇ!
そこの寝転んでる妖かっ――
高槻 空央
高槻 空央
うわぁっ!?


 話しかけに行こうとした時、となりを通り過ぎた妖怪にいたずらに足を引っかけられた。

 いたずらを仕掛けてきた妖怪は可笑しそうに笑みを浮かべていたが、私を受け止めようと手を構えていた。


 けど、綴も突然のことにおどろいたようで、彼と繋いでいた手は簡単に離れてしまった。


 目の前に見えていた妖怪の手は忽然こつぜんと消えてなくなり、私は手をついて地面に転んでしまう。

高槻 空央
高槻 空央
いっ……たたぁ!
森園 綴
森園 綴
ごめん、空央あお
高槻 空央
高槻 空央
あー、綴のせいじゃないから。
それより! そこの……


 文句を言い放ってやろうと隣を見上げるが、そこには何もいなかった。

 先程とは打って変わって、あたりを見渡しても妖怪の姿はない。誰も、何もいない景色が広がっている。


 突然のことで頭が回っていない私は、変な孤独感こどくかんを感じた。
森園 綴
森園 綴
そんな笑っちゃって、意地が悪いなぁ
高槻 空央
高槻 空央
え?
森園 綴
森園 綴
ん?
あ! はい、立てる?


 綴が手を差し伸べてくれるが、その首元に化け狸は見えない。



 彼の手に触れれば一瞬で辺りは騒がしくなり、隣からは楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

 また見上げてみれば、私を転ばせた妖怪が指を差して意地の悪い笑みを浮かべていた。

森園 綴
森園 綴
それ以上笑ったら怒るよ?
空央も何か言って……、って、大丈夫!?
そんなに痛かった!?
高槻 空央
高槻 空央
え、大丈夫だよ?
森園 綴
森園 綴
けど、なみだ出てる


 そう言われてほおに触れてみると、確かにれていて私自身驚いてしまう。

高槻 空央
高槻 空央
なんでもないの!
なんかわかんないけど、びっくりしちゃって


 綴も周りの妖怪たちも私の顔を心配そうにのぞいてきて、見えることに少し安心した。

 綴は繋いでいない方の手に持っていたビニール傘を置き、私の涙をぬぐって頭を優しくでてくれる。

高槻 空央
高槻 空央
ふはっ、ごめんね!
もう大丈夫!
森園 綴
森園 綴
なにかあったら、何でも言ってね?
僕も空央の力になりたいから
高槻 空央
高槻 空央
そんな大げさだよ!


 そう、私も大げさに驚いてしまった。

 綴がいなければ妖怪を見ることも、触れることもできない。毎日家に帰るたびに思っていたし、ちゃんとわかっているはずだった。

高槻 空央
高槻 空央
(これ以上心配させちゃだめだ!)
高槻 空央
高槻 空央
もうっ!
手痛いんだけどぉ、どうしてくれるの~?


 文句を言い放ってやれば、また妖怪たちは笑ってくれる。

 綴はまだ心配そうに私を見ているけど、大丈夫だよ、という思いで手をぎゅっと握った。

 そうすれば、彼もやっと笑ってくれる。


 大丈夫。

高槻 空央
高槻 空央
(けど、夏が終わっても大丈夫かな?)
高槻 空央
高槻 空央
(今更、綴がいなかった日々に戻れる?)


 些細ささいなことをきっかけに、私の不安はどんどんとふくれ上がっていた。

 妖怪たちと綴が話しているのをボーっと見ていると、彼は急に私を見て耳をほんのりと赤く染める。

森園 綴
森園 綴
そういえば、もうすぐ椿祭りだよね?
高槻 空央
高槻 空央
あー! そうだね
森園 綴
森園 綴
空央は毎年行ってるの?
高槻 空央
高槻 空央
んー、お祭りに行くっていうか、屋台で花火買って友達とプチ花火大会! みたいなことはしてたよ
森園 綴
森園 綴
……今年は?
高槻 空央
高槻 空央
あ! もしかして、さそってくれるの?
森園 綴
森園 綴
空央! そういうこと言っちゃわないでよ
高槻 空央
高槻 空央
ふははっ、ごめんー!
……それで?
森園 綴
森園 綴
今年は、僕と行かない?
高槻 空央
高槻 空央
うん!もちろん!
楽しみにしてるね!!


 夏はまだ終わらない。

 だから、まだ、今は大丈夫。






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