あいつが行っていた取引も商談も、もちろん書類仕事も止めるわけにはいかないからと全て頭の中にインプットしておこうと整理する。




あいつの印鑑どこにあるんだ？つかあの書類もプリントしておかないと…

インプットしかけていた頭は俺を呼ぶハンの声によって中身が全て弾け飛んだ。




振り返ったら何故か泣きそうな顔してるハンがいて理由を聞いたらどうやら他の奴らは準備万端らしく俺の姿が現れないから呼びに来てくれたらしい。

俺何回か呼んだのに、とそのくりっとした瞳からぽろりと涙を零すハンを俺は慌てて抱きしめた。




嘘だろ、ハナを無視するとか最悪だろ俺…

違う、違うんだよハナ。




俺はお前がそうやって何気ないことで話しかけてくれるのが嬉しいんだ。




悲しそうに眉を下げる愛しい子を抱き寄せてその小ぶりな頭をわしゃわしゃと撫でてやると満足そうに柔らかい頬を俺の肩に擦り付けてくるものだからたまらない。

こんなところキムスンミンあたりに見られてたら怒鳴られるだろうな、なんて頭の片隅で考えながらハナを離して掛けてあったスーツを羽織る。

ヒョンジナ、俺達にこんな労働させてもしお前が仕事放り出して楽しく遊んでんなら俺は本気でエアフラ行きを検討するからな。

俺の勘が言っている、この後確実に何かめんどくさいことが起きると。




こういう時の俺の勘は90%くらいの確率で当たるから…どうしようか。




と俺の額に手をあてて「でもあんまり熱くないみたいだよ？」なんて少し的はずれなことを言っているフィリックスを横目で見ながらそんなことを考えていると、スマホに一件のメッセージが届いているのに気づきロックを解除する。

やはり…やはり俺の勘はよく当たるんだなとつくづく思う。









『お前の場所が特定できた。今から逃げても遅いからな。死んでたら逃げるも何もないと思うけど』









うん、これはヒョン気づいてるな。




間違いなく俺はあの人に捕まったら生と死の狭間を彷徨うくらいまでいたぶられるだろう。

チャンビニヒョンの顔が引きつっている。




俺がめんどくさいことを言い出すのではと勘づいたらしい。




まぁその通りなんだけど。

俺の会話が聞こえていたかのように、パリン！！と窓ガラスが派手な音を立てて粉砕した。




そしてその後に鳴り響いた数多の銃声。

ちょうど窓際にいたフィリックスの腕を引っ張ってソファの後ろに隠れる。




チャンビニヒョンは俺達より先に動いてどこから取りだしたのかまな板片手に壁に身を隠していた。

さっき割れた小さな硝子の破片がフィリックスの左腕に刺さったのか少量の出血をしている。




痛みに顔を歪めたフィリックスに声をかけたが大丈夫だから、の一点張りでこの緊急事態の中だからとやむを得ず彼を支えながら部屋の隅に座らせた。

幸いなことに破片は刺さっていた訳ではなくてただ掠っただけのようだったから無駄に引き抜く手間が省けて止血だけで大丈夫そうだ。




キッチンに置いてあった果物ナイフを手に取り来ているジャージの右側の袖を切り裂いて、それを必死に訴えかけるフィリックスの左腕に巻き付ける。

別に一生の別れじゃない、次に会えるっていう確証がないだけで。




普通に考えて一般人のフィリックスと出会ったことは奇跡に等しかったのだ。




ただお互いが元の世界に戻るだけ。

彼からそう呼ばれたのは初めてで動揺する。





フィリックスはそんな俺をよそに悲しそうな目で俺を見つめた。

友達。




そうか、友達だから俺はこれ以上踏み込ませたくないのか。




あいつらとは違って俺たちの世界のことを何も知らない純粋で”綺麗な”人間だから。




つまり俺の勝手なエゴ。




目の前の彼がどう思ってるかなんて考えずに押し付けた俺の我儘でしかない。

間髪入れずに返ってきた言葉は予想していた通りのもので。

そうか、フィリックスはそう思ってるんだ。









なら、友達じゃ無理だ。




俺たちの、









”家族”にならないと。

チャンビニヒョンのその声とほぼ同時に部屋のドアが乱暴に蹴り破られた。




開け放たれた部屋の入口に立っていたのは、俺の”家族”達。

その彫刻のような美しい顔に一切の感情を浮かべずに、俺が唯一兄のように慕っている彼はそう言い放った。

【ちょっとしたお知らせ】




小説の表紙を変えました！




このお話にぴったりのものを見つけてしまったので、悪しからず…




ではまた1ヶ月後に！👋