保健室には先生がいなくて、真っ白な空間に私たちふたりきりになる。
保健室にあった真っ白なタオルを渡すと、ベットに腰かけた與くんはそう言って笑った。
わたしもベットの近くにおいてあったイスに腰を落ち着かせ、ぶんぶんと首を振った。
與くんが守ってくれたから、私には一滴も水がかかることはなかった。
私の心を簡単に読み取っちゃって、辛い時には手を差し伸べてくれて、ピンチの時は助けてくれて。
そう言ってにっこり笑うと、與くんは微笑みを返してくれた。
だけど、その微笑みにはなぜか悲しみが浮かんでるように見えて。
そして、その微笑みもすぐに力なく消えた。
そう呟いた與くんの切なげな表情に、私の笑顔もスっと引いていく。
與くん…………?
たまに與くんは、悲しそうに切なそうに笑う。
笑ってるけど、瞳の奥では涙を流しているようで。
そんな微笑みを見ると、なぜだか私も泣きたくなるんだ。
真っ直ぐな瞳で見据えられ、思わずかぁぁぁっと頬が熱くなる私。
先輩とのやりとり、みられてたの!?
あの時は夢中だったから、恥ずかしい…………っ!
真っ赤になって言葉に詰まる私の頭に、與くんの手が伸びてきて、ぽんぽんと撫でられた。
ちらっと顔を上げると、與くんが真剣な瞳で、まっすぐ私の目を見つめていて。
水気を帯びて暗めのトーンになった前髪から覗くその瞳は、いつもより色っぽくて、ドクンと心臓が揺れる。
…………最初から決まってる。
答えはただひとつ。
"そういうこと"って言うのは、多分先輩が言ってた女遊びのこと。
與くんには、きっと私には踏み込めない過去がある。
それを知らないって言うのは寂しいけれど、私は今の與くんを知っているんだ。
今の與くんは、"悪い人"なんかじゃないって、そう信じられんもの。
それに───。
『あなたちゃんだけには知ってて欲しくて』
その言葉を、私だけ特別って言ってくれているように感じちゃうのは、ちょっと自惚れてるかな……。
與くんが、さっきまでの表情とは一変、スッキリしたような笑顔で立ち上がり、伸びをする。
時計に目をやると、午後の授業開始まで、あと5分くらいしかない。
ゆっくりしていたら、授業始まっちゃうよ!?
そう言って、焦ってる私とは正反対の余裕な様子で與くんがニコッと笑う。
そのままスっと近づき與くんの顔に、ドキン…………ッ、と心臓が跳ね上がった。
へ…………?
與くん…………っ!?
ち、近いよ…………っ!
そう甘くささやく、意地悪な悩殺スマイルにクラっとしちゃうけど。
そう叫んで、私は保健室を飛び出した。
だけど、本当は…………。
與くんがいつもの調子に戻ってよかったなんて思ってるってことは、與くんにはぜったいひみつっ!!!
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。