一歩後ろに仰け反り、慌てて黒剣を構える。
首元に痛みを感じたので触ると、血が流れていた。
…危ない、今避けていなかったら確実に首が飛んでた。
一方背中を“踏み台”として踏まれた伊織は苦しそうに顔を歪め、その数メートル先にいた侑生くんは嬉しそうにガッツポーズをしていた。
…気持ちは分かるけど侑生くん、傷は止血しただけだからね。すぐに治療しないと雑菌入って傷の治り遅くなるからね。
後…頼むから伊織はさっさと死んでくれ、害虫みたいにしぶといのやめて欲しい。
まだ侑生くんの近くにいた悠斗がこちらに気づき、戦棍を構え応戦しようとした。
しかしその直後、突如として悠斗の前に風が吹き荒れ悠斗を止めた。
風の中から出てきたのは由太で、悠斗の肩を掴みながら叫んでいた。
とは言え抜刀はしたくない。
私が殺すべきなのは凛ちゃんじゃなくて、伊織と院長だから。
凛ちゃんは息をゼイゼイと荒くしながら俯いていたが、またすぐに私の方を見ると襲いかかってきた。
平和を象徴としているはずの公園内で、剣が交わる音が響く。
重い剣を受け止めながら、そう優しく話しかける。
昔はただの一般人…寧ろ体力は全くと言っていいほどなかった。
しかし長い年月の中で、私はフラワー達に鍛えられ…何とか神座を守る程の力は手に入れた。
まぁ、魔力は元から大きかったし……魔力で強化してるってのもあるけど。
そんな理由、今まで耳にタコが出来る程聞いてきた。
魔族だから、という理由で判断してるんじゃない。
凛ちゃんなら…凛ちゃんの意見は、どうなの?
そう言いながら凛ちゃんの剣を跳ね返し、私は言葉を続ける。
院長がそう言った途端、凛ちゃんはまるで操り人形の糸が切れたかのように動きを止めた。
…うん、他の人も見てる。
これは間違いなく操られてるし…もう院長自身、隠す気もないのだろう。
嗚呼、その言い方の時点でもう好感度ダダ下がりだ。
まぁ元から好感度なんて抱いてないけど、せめて少しでも楽に殺してあげようと思ってたのに。
他の見てる子も察したんだろうか、これから院長が何を言うか。
まぁ普通に考えても…嫌な言い方しか出来ないのかな?って思って嫌な気分にはなるよね。
その場の全員が、絶句した。
肉体を、組み合わせたって?……それも死体を?
それを想像しただけでも、目眩と吐き気が止まらない。
少し具合が悪くなったからか、私の魔力が収まった気がする…恐らく目の色も漆黒に戻っただろう。
でも、私以上に他の子は辛いだろうし…当事者の凛ちゃんが一番辛いに違いない。
凛ちゃんは言葉も出ないようで、虚ろになった目で院長を見つめていた。
…確かに、彼女の肌はツギハギだ。
皮膚の色が所々違う。そして…顔に繋ぎ目がある。
でもそれは、何か病気でそういう手術をせざるを得なくなったのかと思っていた。
だけど…………
流石の伊織もドン引きしているようだった。
確かに伊織は殺しはしたけど、死体を弄るような真似まではしなかった…同じ殺人罪とは言え、ベクトルが違いすぎるんだ。
…巫山戯るな。何が可哀想だって?
お前の方が、死体を弄ぶクズじゃないのか?
院長は凛ちゃんの方に振り向き睨みつけると、凛ちゃんは震えながら返事を返した。
それに対して、院長は更に目を細め、女にしては低い声を出した。
そう、院長はまるで論文を述べる学者かのように…淡々と凛ちゃんに告げた。
此奴は我儘で横暴すぎる。
そもそも、この素をこの場で出したということは…私達に勝つ算段でもあるのだろうか。
…どの道、怒りで手の震えが止まらない。
『不要』って何様だ。
人を道具扱いして…どれだけ人を侮辱する気?
本当は今すぐにでも、凛ちゃんを抱きしめたかった。
「そんな奴の言う事なんて気にしなくていい、自分の好きに生きていい」と優しく言ってあげたかった。
…でもこの子は自分の意見が、意志が分からない子だ。
こんなクズにでも縋らないと生きられないほど、苦しめられてるんだ。
…私は、知っていた。瑛斗に手に入れて貰った情報と、鍵梳くんから聞いた情報で…粗方の事は。
凛ちゃんには、幼い頃の記憶が無いという。
何故なら…凛ちゃんの目の前に立っている若芽色の瞳を持つ修道女が、彼女の記憶を改竄したからだ。
とうとう怒りが抑えられなくなり、咄嗟に出た言葉は自分で驚く程低かった。
私の言葉が聞こえたのか、院長は私の方を見て目を細めこう言った。
そう言い院長は華麗なお辞儀をすると、右手に黒く分厚い本を何処からともなく出すと、そこに若芽色の…奴の魔力を集め始めた。
魔力は、一人一人によって色が違う。
目の色、髪の色、武器の色、好きな物の色…様々だ。
魔力を集めてるってことは…魔法発動する気か、
身体能力が一番高かった望來ちゃんと、魔法発動時間が一番速かった清花ちゃん。
望來ちゃんは剣を握り締め、清花ちゃんの掌からは眩い光が放たれる。
二人の手にかかれば、流石の院長も捕まえられる…
…と、思っていたのに。
それを止めたのは…院長につい先程“捨てられた”はずの、凛ちゃんだった。
凛ちゃんの腕…否、半身はいつの間にか黒い枝へと変貌し、望來ちゃんの剣と清花ちゃんの魔法を受け流している。
…いや、受け流しているとは言えない。
凛ちゃんは…二人の攻撃を受け、全身血塗れになりながら、院長を庇うように身体を大の字に広げていた。
そして、血塗れになった肩からは…機械に取り付けられるようなネジが幾つか止めてあった。
つい呆然としてしまい、私が止めようとした時にはもう遅く…院長は塵一つ残さず姿を消していた。
そして、機械部分が丸出しになった凛ちゃんと私達だけが、その場に残されてしまった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!