数年後。
冬獅郎は大学を卒業し、俺も高校を卒業し、大学へ入った。その時俺は家を出て、冬獅郎と一緒に暮らしていた。
受験シーズンに入る少し前から、俺はまともに授業をうけ、勉強にはげむようになった。身なり、態度も改め、真剣に大学進学を考えていた。
そして今、大学を卒業し、就職している。
ドアを開けると、広い玄関に俺のより、一回り大きな靴があった。もうアイツは帰っている。
上の階から、「おかえりー」と低い声が聞こえた。俺は階段を上がり、アイツの部屋に向かった。
部屋の戸は開いており、俺は開かれた戸を二度叩いた。椅子に座っていた彼は、パソコンに向かうのをやめ、こちらに振り返った。
イメージ崩れるかもしれないけど、今の俺は教師をやっている。まぁ、なろうと思った理由が、高校で真面目に勉強やって、学力上がってきた時。わからないところ教えたら、「教えるの上手いな」なんて何度も言われたからなんだけど。
学力も結構上がったし、案外勉強面倒くさくなかったし。まぁ、冬獅郎に「勉強しろ」って言われたのもあるかな。教えてもらったし。
彼は椅子から立ち上がり、彼はメガネをデスクに置いた。昔かけてなかったメガネをかけ始めたのは、仕事をしていくうちに、ストレスもあって目が少し悪くなったのと、プラスでブルーライトカットだとか。
冬獅郎は、二つの仕事をやっている。昼間は小説家として活動、夜はバーで働く。大学を卒業して、すぐにあのバーを開いたらしい。
作品はまだ数はないけど、才能があるのか、どれも人気が出る。先輩たちからは、色々と言われるらしい。
一緒に住んでからしばらく経つけど、週3回の夜の留守番は、相変わらず寂しくなる。残りの4日は、だいたいあんな事やこんな事・・・、前言撤回。一緒にテレビを見たり、給料日を過ぎたら、外食をしたりする。
テストシーズンは、採点があったりするから、あんまり会えないのが寂しい。ただ、部活の顧問についてないから、休日は少しなら出かけられる。
スーツをハンガーにかけ、洗い物をカゴへ入れる。
風呂場へ入ると、冬獅郎が入れておいてくれたのか、湯がたまっていた。湯加減はちょうどよく、体を一度流し、湯に浸かった。
顔半分くらいまで体を沈め、立ち上る湯気の中に埋もれる。
1、2ヶ月前のことで、たしかあの時はお互い酔ってて、冬獅郎は俺より酔ってた。帰ってすぐ風呂場に向かったけど、冬獅郎が「一緒に入りたい」って言って、イエスと答えたのが運の尽きだった。
なんとなく思い出すと、自然と笑えてきた。いつも無表情な冬獅郎が、あの時は別人にしか見えなかったし。
数十分後。
湯から上がって体を洗い、風呂場を出た。横の壁にかかっているバスタオルをとり、体をふく。タオルをくびにかけ、髪についた水滴が床に垂れないようにし、棚から下着と部屋着を取り出した。
取り出したそれらを着て、再び髪の毛をふいた。使って濡れたタオルを物干し竿にかけ、俺はキッチンへ向かった。
あったのは、焼き魚と、味噌汁。炊飯器を開けると、まだ米は残っていた。
焼き魚は無理だから、俺は味噌汁だけ温めた。
米はまだ熱を持っていて、美味しかった。味噌汁の味加減もよくて、食べてて幸せな気持ちになった。
冬獅郎と夕飯を共にすることは、実際のところ、あまりない。俺が夜遅くなったり、冬獅郎が期限ぎりぎりだったり。
空になった食器たちを流しに運び、元々置かれていた食器を洗った。冬獅郎はいそがしいから、家事全般は俺がやることになってる。
2人で暮らしているから、洗い物も少ないし、洗濯もそこまで苦じゃない。習慣づくまで時間かかったけど、慣れてくると案外楽しいものだ。
水道の水を止め、濡れた皿を拭く。ふとそんなことを思ってると、動かしていた手が止まった。
一緒にいることに慣れて、あまり意識してなかったけど、俺と冬獅郎は一応恋人だ。やることもやってるし、ちゃんと愛だってある。ただ、進展がない・・・。
自分でも考えたくないことが、頭の中に浮かんでくる。それをなんとか否定していくも、いやなソレはどんどん浮かんでくる。
お前だけが、アイツを好きなんだ。アイツはお前に飽きている。昔のあれは気まぐれだった。
あんまり表情に出ない冬獅郎が、知らない表情を出してくれるのが、俺はとても嬉しかった。どんな時も隣にいてくれた。俺の人生変える、きっかけも作ってくれた・・・。
手に持っていた最後の皿を置き、俺は自室へ向かった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!