呆気にとられたように指を差されて、俺は、思わずため息を漏らした。
相原ゆず。ショートボブにくりっとした大きな瞳が特徴的な、やや小柄な女子生徒。
俺が彼女に抱いていたイメージは、「やたら元気」。
あと、「食いしん坊」。弁当を食べる時、いつも蕩けそうな笑顔でほおばっているからだ。
つーか、四月にここ私立桐葉高校の1─Aで同じクラスになってから、二学期が始まったばかりのこの時期まで、俺は相原とほとんどしゃべったことがない。
そんな相手にいきなり告白なんかするなよ無謀すぎるだろ、と思いっきりツッコみたい気持ちはあったが、今はそこは置いておこう。
まさか相原が、俺の漫画の愛読者だったなんて……。
正直ものすごく嬉しいし、ありがたいのだが、面と向かってべた褒めされるとどうしていいかわからない。そして、正体がバレることで……なんだか、非常に面倒くさいことになりそうな予感がした。
俺が『花とリボン』の新人賞を受賞したのは中学二年の冬。
中三になったばかりの春に読み切りのつもりで描いたデビュー作『学園ハロウィン』が想定外の反響を受け、そのまま連載をすることになった。
学校に通いながら、高校受験や進学も並行してひたすら原稿を描き続け、つい二か月前、一年三か月に及ぶ連載が無事に終了。今は新作のためのネタ探し中……。
同じ高校で、俺が漫画を描いていることを知っている奴は、他に一人しかいない。
意図的に隠していたわけではないが、聞かれたことがなかったし、自分から言う機会も特になかったからだ。
『学ハロ』の表紙にはいつも『ちーたまのリリカル☆モンスターコメディ』という悶絶級に恥ずかしいあおり文句が載っていた。
どうして『花とリボン』編集部って作家に妙な愛称をつけるんだろう……。
げんなりしながら遠い目をしていたら、突然、相原が「ごめんなさい!」と大きく頭を下げた。
…………はあ? 何を言い出すんだ、こいつ……。
相原ゆずは、しつこかった。
いくら断っても引き下がらないから、一方的に話を打ち切って帰ろうとしたけれど、強引に歩き出した俺の腕をつかんだまま、スッポンのように食らい付いて離れない。
地面にはずるずると、彼女の足の引きずられた跡が、轍のように延びていった。
……ああ、もう!
業を煮やした俺は、声を荒らげながら相原を体育館の壁に押し付け、もう片方の腕を彼女の頭のすぐ上に叩きつけた。
驚いたように目を瞠った相原は、俺が威圧的に見下ろすと、キュッと口元を結んでうつむいた。
その肩が小さく震えるのを見て、内心、しまったと後悔する。
あまりにしつこいから、脅して突き放そうと思ったのだが、やりすぎたか……?
罪悪感に包まれた次の瞬間。
グッとガッツポーズをした相原が、感極まったように雄叫びを上げた。……は?
相原の頰は紅潮し、目はキラキラと輝いていた。
……あ、こいつ、馬鹿だ。
うすうす気付いてたけど、救いようのない大馬鹿者だ。
──相原は本当にあり得ないレベルでしつこくて、その後もずるずると引きずられたままどこまでも食らい付いてきた。
ずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずるずる……。
結局、俺は根負けして、プロデュース業を引き受ける他なかったのだった。
駄目だこいつ……早くなんとかしないと……。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。