第161話

君がいない世界 ② 🐍
2,358
2024/01/12 14:00






何も言わず、ポッターから受け取ったあなたの日記。
その中身を読めたのは、それから3年後の事だった。


あなたの4年目の命日であるその日も、僕は変わらず彼女の墓石に花束を手向け、帰路に着いた。あなたの死から4年という月日が経っても尚、墓石の前に行くと 脳裏には"あの日の光景"が鮮明に思い浮かび、表しきれぬ感情が心臓を抉った。

墓参りをする度に僕を襲うそんな感情を、少しでも掻き消す様に、僕は家に着いた途端キッチンへと向かい、酒を喉へ流し込んだ。

毎年と変わらず、味なんてものは分からない。それでも、体を巡るアルコールが 少しでも僕の心を落ち着かせてくれるのだ。

『これで終わりにしよう』と部屋に持ち込んだ4杯目の酒を飲み終わる頃には、体は程よく温まり、おかしな話だが…墓場から続いていた動悸も僅かに治まっていた。


あぁ、僕はまた逃げてしまった…


空になったグラスを前に、今度はそんな感情が心を覆った。去年と変わらず、現実や過去の記憶に向き合う事無く、目を逸らす様に酒を飲む自分自身に呆れ、深い溜息をつく。

そんな時、部屋の窓が1羽の梟によって叩れた。杖をひと振りし窓を開けると、梟は椅子に腰かける僕の膝の上に紙を落とし、再び窓の外へと羽ばたいて行った。
ドラコ・マルフォイ
ドラコ・マルフォイ
夕刊……?
梟が運んで来たのは、預言者新聞の夕刊だった。余程の事があったのかと、丸められた新聞を開けば、大々的に書かれた見出しと見慣れた顔写真が視界に入った。


【我らが英雄!!闇祓い局局長への道は確実か!?】


"英雄"という文字と共に載せられたポッターの写真。
それを見た瞬間、無意識に新聞を握る力が強まった。
ドラコ・マルフォイ
ドラコ・マルフォイ
………
何が英雄だ…。何が局長だ…。どうして、預言者新聞の奴らは、ポッターばかりを崇めているんだ?あなたの死など、まるで無かったことにしている。

あの戦争で、あなたの命は犠牲になった。
魔法界の他の誰でもない…彼女の命が。

そんな日から今日で4年だ。にも関わらず、預言者新聞の奴らは、魔法界は、彼女の死を弔おうともしない。


途端に湧き出た怒りの感情に流されるまま、僕は新聞をゴミ箱へと投げ捨てていた。だが、体を回るアルコールのせいか、それでも怒りは治まらず、僕は感情のままに棚に置かれた数冊の本を床へ薙ぎ倒した。すると、その拍子に机に置いていたグラスが倒れ、高い破裂音と共にガラスを床へと散乱させた。

砕けたグラスへと視線を向ければ、床に落ちた本も同時に視界に入った。そこには、3年前にしまった"あなたの日記"が紛れていた。

僕は徐ろにその日記を手に取り、表紙に着いたガラスを払い落とした。そして、日記の表紙をじっと見つめた。


預言者新聞も魔法界も、ポッターだけに執着し、あなた・アーネットという1人の魔女が、あの戦いで犠牲になった事を掘り起こそうとはしない。ずっと、その事実から目を逸らしている。

僕は、それに腹が立っていた。

でも良く考えれば、目を逸らしているのは僕も同じだ。現実を受け入れきれず酒に逃げ、3年間…いや、もっとずっと前から、彼女自身から…彼女の本当の思いから…逃げ続けてきた。

この日記を受け取ってからもそうだった。"自分には資格がない"と、真実を知る恐怖心を誤魔化し続けてきた。そんな僕は、腐れた預言者新聞の奴らと何ら変わらない。



この日記を読まなければ、永遠とそのままだろう。



アルコールのせいか、感傷に浸りやすくなってなっている自分自身に気が付きながらも、ベッドへと腰を下ろした僕は、ずっと閉じたままでいた日記の表紙をゆっくりと開いた。

それと同時に、若干の埃の匂いが鼻の奥を刺激する。
開かれた日記には、日付やその日あった事が丁寧な字で書かれており、それは間違いなくあなたの筆跡だった。

まだ内容も読んでいないのに、目に映る彼女の痕跡が、心臓を強く締め付け、目頭を熱くした。"読みたくない、読めない"そんな感情が一瞬手の動きを止めたが、僕は深く深呼吸をしてから、逃げる事なく日記へと視線を落とした。



1/9/1991

今日から、待ちに待ったホグワーツでの生活が始まる!
組み分け帽子は、私をグリフィンドールに入れてくれた。不安はあったけど、同じ部屋の子は皆いい人ばかりだし、それに何よりあのハリー・ポッターともお話が出来た。明日からは授業もあるし、とっても楽しみ。

○/9/1991

箒は昔から苦手なのに、ホグワーツでは飛行訓練が必ずあるみたい。フーチ先生は厳しい方だから、これからの授業が心配。でもそれよりも、今日の授業でハリーとスリザリンのマルフォイが喧嘩をして、言いつけを破っていたけど、あの2人これからも大事を起こしそうな気がする。スリザリンとグリフィンドールの合同授業は多くないし、今日以上の事が起きないといいけど…



日記には、ホグワーツでの他愛もない生活が記されていた。1年生の頃の内容の殆どは、グリフィンドールの生徒と過ごした彼女の思い出ばかり。

それでも、その中には時折僕の存在も書かており、その頃の自分の未熟さに、僕は溜息を零しながらページを捲り続けた。



○/12/1992

今日、マルフォイと初めて2人きりで話した。話すきっかけはたまたまだったし、向こうは終始敵意のある視線を私に向けていたけど、意外と彼も普通の生徒だった。
だけど、やっぱりマグル生まれを穢れた血なんて呼んでるのは許せなくて…"いつも顰めっ面だけど、少しは笑ってみたらどう?"って言ったら、余計に不機嫌そうになっていたのが、ちょっと面白かった。

5/6/1993

今日はどうやらマルフォイの誕生日だったみたい。去年は全然気が付かなかったけど、大量の梟便が彼の元に届いていたし、スリザリンの生徒もいつも以上に彼の元に集まっていた。だから、何となく"誕生日おめでとう、いい日をね"って、クッキーを渡したら、横にいたハリー達も目の前のマルフォイも驚いた表情をしてた。誕生日を祝うのってそんなにおかしなことかしら?


13歳の僕の誕生日。その日の事はよく覚えている。
父上と母上からのプレゼントを寮や大広間で自慢した後、廊下ですれ違ったあなたから突然呼び止められ、包装された数枚のクッキーを渡された。

何の変哲もない普通のクッキーを、短い祝いの言葉と共に。そして彼女は、それを渡し終えると満足したようにその場を去っていったのだ。

疑問だった、特に接点もないグリフィンドールの生徒である彼女が、僕にプレゼントを渡してきた事が。 でも、不思議と僕はそれが嫌じゃなかった。むしろ、父上と母上から頂いた高価なプレゼントよりも、どこか嬉しく感じていたのだ。

当時は、そんな自身の感情を決して認めなかった。
だが今考えれば、これといった理由こそ見当たらないが、あの頃から僕は、少なからず彼女に惹かれていたのだろう。


○/9/1993

私のせいでマルフォイが怪我を負った。私があそこで転ばなければ、バックビークは暴れだしたりしなかったし、マルフォイも怪我をしなかった。ロンは、あいつの日頃の行いのせいさ。なんて言ってたけど、マルフォイは多分、私の事を庇ってくれたんだと思う。どうしてかは分からないけど、お礼はちゃんと伝えなきゃ。

○/10/1993

今日ホグズミード行きの許可が出た。だけど、マルフォイはマダム・ポンフリーに外出を止められていたみたいだったから、私は彼へハニーデュークスのお土産を渡す事にした。助けてくれたお礼を言ったら、いつもの表情で"助けたつもりは無い"って言われちゃったけど…でも一瞬、彼はお菓子を見て柔らかい笑顔を浮かべていた。私は、そんなマルフォイの表情を前に目を逸らしちゃったけど、もう少し見ておけば良かったな、、、。

○/12/1993

もうすぐでクリスマス休暇。マルフォイの怪我も漸く治り包帯が取れていた。あの日から、私は時々彼に話しかけるようになった。と言っても、挨拶を少し交わす程度だけど。そんな私にハリー達は、未だ 信じられない と言いたげな表情を浮かべている。ハリーやロンには絶対言えないけど、、、

ハーマイオニーに"彼の笑顔が頭から離れない"って相談したら、なんて言われるかな。



この辺りから、日記には僕の名前が頻繁に登場するようになり、呼び方もいつの間にかマルフォイからドラコへと変わっていた。

ページを捲れば捲るほど、3年生・4年生・5年生…と日記の中で時間が進み、そこには彼女の当時の気持ちと共に僕との懐かしい思い出が書かれていた。

勿論、全てがいい思い出ばかりとは言いがたかったが、僕が想像していたよりもずっと、彼女は僕の事を思ってくれているようだった。

あなたからの気持ちが嬉しいはずなのに、どこかから湧き出る苦しさが胸を強く締め付け、ページを捲る冷たい音がそれを更に助長させた。

だが、それでも僕は日記を読み続け、ある日のページで目を止めた。

22/3/1996

ドラコから花束を受け取った。"誕生花と言っていただろ?"と言って渡されたのは、赤色のチューリップの花束。少しだけ照れたように顔を逸らしたドラコを前に、私はただ"ありがとう"と笑った。

黄色でも、白でも、ピンクでもない…赤色のチューリップ。深い意味なんてないのかもしれないけど、私は覚えてる。前に、ホグズミードでたまたま入った花屋さんで、私が彼にそれぞれのチューリップの花言葉を教えたんだもの。

ドラコも私も、結ばれてはいけない事を分かってるはずなのに。ドラコはずるいわ。今の私は、あなたにお礼しか言えないじゃない。こんなにも嬉しくて幸せなのに…「私も同じ気持ちよ」なんて、言えないんだもの。

でも、いつか…
彼と結ばれたいと願う事くらいは許されるわよね


余程強い気持ちがこもっていたのか、筆跡が強まったその文章を見て、僕はギュッと唇を噛んだ。

この頃には既に、僕らは互いの気持ちに気が付いていた。それでも、父上に関係を酷く否定されている以上、その気持ちに深く踏み込むことは出来なかった。

だが、全く気持ちを伝えないままでいるなんて事は出来ず、5年生の彼女の誕生日に、僕は花束で彼女への気持ちを伝えたのだ。


当時はそれが精一杯で、最善だと思っていた。いずれは、言葉で気持ちを伝えられるだろう。そんな関係になれるだろう。と願うばかりで、甘く考えていたんだ。


このページの先で、僕らの関係性がどう変わったのかは知っている。だからこそ、当時の彼女の思いを読む事が怖い。だが、逃げる訳にもいかない。

僕は、何かを警告する様に速さを増す鼓動を無視しながら、再び日記に視線を落とした。















✄-------------------‐✄

皆様、新年あけましておめでとうございます🎍
本年も作者と小説をよろしくお願い致します✨

新年早々ダークなお話で申し訳ありませんでした🥲


このお話は少し暗い内容ではありますが、あなたちゃんの死から4年後、漸く彼女の日記を読むことが出来たドラコ。そんなドラコの心情の変化やあなたちゃんの日記に書かれた日常、思いをお楽しみ頂けたらなと思います🍀*゜

作中に出てきた赤色のチューリップの花言葉は、皆様ご存知でしたか?薔薇の花束も素敵ですが、チューリップの花束も可愛らしくていいな…と思いながら書いた作品でした🌷𓈒𓏸𓐍
















赤色のチューリップ… declaration of love (愛の告白) , eternal love (永遠の愛)











プリ小説オーディオドラマ