いわゆる一目惚れだった。
5月の温水プール。がらんとした施設内で、
俺と同じ中学校の制服_リボンの色からして俺の
一つ下の二年生だろう_を着た貴女をみたとき。
俺は、本当に思った。
『 この人以外にいない! 』って。
太陽が染み付いたような小麦肌。
塩素のせいであろう金褐色の髪の毛。
華奢といったいいほど細い手足とは
不釣り合いな、広い肩幅。
その全てが、『適任者』の存在を、
_彼女の水泳経験を、俺に知らせていた。
彼女が、飛び込み台の上に立って“姿勢”を取る。
台のふちに手をかける。水面を睨む。
遠目でもわかるほど筋肉質な脚が台を蹴る。
そしてしなやかな体が宙を飛ぶ。舞う。
見惚れてしまうほど美しい飛び込みだ。
そしてそのまま、体は水に受け入れられる。
_あれ、この人俺より上手いぞ。そう直感する。
もう目が離せなかった。周りからすれば、
見知らぬ女性を必死で追う俺は、変質者だろう。
でも、見なければ必ず後悔すると心が囁いていた。
しばらくうねって水面のはるか下を進む体が、
15mのラインくらいで姿をあらわす。
腕が水をかくたびに、ぐわんと推進していく。
多くはやくと言った感じではなく、
割と丁寧でゆっくりなストローク。
けれどもそのスピードは、恐らく水泳部の
ほとんどの部員を凌駕するだろう。
一体何者なんだ。
減速もなく、悠然と泳ぎ続ける彼女は。
けれども俺は、やるべきことをわかっていた。
俺は50Mをフリーで泳ぎ切り、
スイムタオルで汗を拭きとる彼女に駆け寄った。
不思議そうな顔をして、
プールの中の彼女が俺を見つめる。
_今思えば、かなり不審だろうけど。
よく彼女は平静に対応してくれたと思う。
でもその時は、興奮していたんだ。
こんな泳ぎをする人が、この学校にいたなんて。
これで、水泳部が…と。
室内プールに声が響く。何人かが俺の方を見る。
しかし彼女は動じることなく、
まるでこうなることがわかっていたかのように
落ち着いた微笑みを見せた。
“嫌です”でも“遠慮します”でも
“しません”でもなく“できません”。
泳げませんでないことは、明白なのに。
相当入りたくないか、俺のことが嫌いか、
何らかの事情があるかのどちらかであろう。
でも、絶対に諦めませんよ…?
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。