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第1話

雨の日は大嫌いだ
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2020/03/02 12:00
サイン会が終わり、女性は叶人を呼び止める。 






“今日はありがとう”





女性は考える。



何から話したらいいんだろう。



昔の事を詳しく覚えているわけじゃない。


けれど、話したい。


“まだ遠くに行かないで欲しい”





「高校はどこに行くか決まってるの?」



咄嗟に出た言葉であった。




少年は驚いたが、答えた。




「はい、親の決めたとこに行きます。」




女性には、少年が悔しそうにしているように見えた。






「これを聞くのは迷惑かもだけど、君の意思が聞きたい。本当にそれでいいの?」




少年は唇を噛み締め、言う。





「はい、大丈夫です。」




女性は思う。




これ以上聞いては駄目だ。


けれど、自由にしてあげたい。




少年は頭がいいのかもしれない。





女性が固まっていると、少年は声をかけた。




「もうそろそろ帰ります。雨が酷くなってきたので…」



少年は頭を一度下げ、走っていってしまった。





女性はしばらく、その場から動くことは無かった。




少年が去って数分経った頃、近くで人の集まりが出来ていた。




「事故だー!!!」



低い声が外に響いた。





女性は人が集まっている方向を確認すると、走り出した。





少年が去った方角だ。






女性は人混みの中に無理矢理入り、突き進んだ。




そこには、血だらけの少年が倒れていた。




皆、近くには行こうとしない。





その中、一人だけ少年のそばに行き、処置をしていた。





少年の表情は笑っている。



昔のことが頭に過ぎる。




少年はきっと、今の医学を恨むだろう。




今の世の中、このぐらいの怪我なら少年は助かる。



女性は今の状況を見て、昔を思い出した。



何か出来ないとすぐ叩く母親、父親はそれを見てる傍観者で、母親の言うことは聞け?皆、自分の意思はないのかよ!自我は?ロボットですか?操り人形ですか?……貴方は母親のどこに惚れたの?あーそうだ。この世界は弱者は生きられないのか。そうだった、そうだった、私は有名になったから強くなった。だからこの世界の仕組みを忘れてしまっていたんだ……。“強いものは生き残り、弱いものは強いものに殺される”





「少年、君は昔の自分を鏡にうつしてるようね」






女性は呟く。




その後、怒鳴り声が響く。






「おい、写真動画撮るのは楽しい?お前らは自分が事故にあった時同じ目にあったらどう思う?救急車も呼べないのね…大人にもなってふざけんな!!!それとも、まだ子供ですか?早く去ってください!」






低い声と高い声が混ざり合い、複雑に絡み合っていた。





数分後、救急車は到着した。





結局、誰も救急車を呼ばなかった。




15人ほど居たのに誰も…。






あれから三日が経った。




少年の行方は知らない。


病院まで行くと、少年の母親と父親が待ち伏せており、女性は追い出されてしまった。



一つ分かったことがある。




少年の母親は公務員、父親は弁護士ということ。



それが分かった瞬間、今までの辻褄が合ったような気がした。













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