サイン会が終わり、女性は叶人を呼び止める。
“今日はありがとう”
女性は考える。
何から話したらいいんだろう。
昔の事を詳しく覚えているわけじゃない。
けれど、話したい。
“まだ遠くに行かないで欲しい”
「高校はどこに行くか決まってるの?」
咄嗟に出た言葉であった。
少年は驚いたが、答えた。
「はい、親の決めたとこに行きます。」
女性には、少年が悔しそうにしているように見えた。
「これを聞くのは迷惑かもだけど、君の意思が聞きたい。本当にそれでいいの?」
少年は唇を噛み締め、言う。
「はい、大丈夫です。」
女性は思う。
これ以上聞いては駄目だ。
けれど、自由にしてあげたい。
少年は頭がいいのかもしれない。
女性が固まっていると、少年は声をかけた。
「もうそろそろ帰ります。雨が酷くなってきたので…」
少年は頭を一度下げ、走っていってしまった。
女性はしばらく、その場から動くことは無かった。
少年が去って数分経った頃、近くで人の集まりが出来ていた。
「事故だー!!!」
低い声が外に響いた。
女性は人が集まっている方向を確認すると、走り出した。
少年が去った方角だ。
女性は人混みの中に無理矢理入り、突き進んだ。
そこには、血だらけの少年が倒れていた。
皆、近くには行こうとしない。
その中、一人だけ少年のそばに行き、処置をしていた。
少年の表情は笑っている。
昔のことが頭に過ぎる。
少年はきっと、今の医学を恨むだろう。
今の世の中、このぐらいの怪我なら少年は助かる。
女性は今の状況を見て、昔を思い出した。
何か出来ないとすぐ叩く母親、父親はそれを見てる傍観者で、母親の言うことは聞け?皆、自分の意思はないのかよ!自我は?ロボットですか?操り人形ですか?……貴方は母親のどこに惚れたの?あーそうだ。この世界は弱者は生きられないのか。そうだった、そうだった、私は有名になったから強くなった。だからこの世界の仕組みを忘れてしまっていたんだ……。“強いものは生き残り、弱いものは強いものに殺される”
「少年、君は昔の自分を鏡にうつしてるようね」
女性は呟く。
その後、怒鳴り声が響く。
「おい、写真動画撮るのは楽しい?お前らは自分が事故にあった時同じ目にあったらどう思う?救急車も呼べないのね…大人にもなってふざけんな!!!それとも、まだ子供ですか?早く去ってください!」
低い声と高い声が混ざり合い、複雑に絡み合っていた。
数分後、救急車は到着した。
結局、誰も救急車を呼ばなかった。
15人ほど居たのに誰も…。
あれから三日が経った。
少年の行方は知らない。
病院まで行くと、少年の母親と父親が待ち伏せており、女性は追い出されてしまった。
一つ分かったことがある。
少年の母親は公務員、父親は弁護士ということ。
それが分かった瞬間、今までの辻褄が合ったような気がした。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。