お月様は地平線の元へ潜り込み、代わりに太陽が少しだけ顔を出す。
結局一睡も出来なかった。
膝の上でスヤスヤと寝息をたて、子供のように眠る愛しき人に触れ、おまじないのように何度も何度も呟く。
何度呟いたって何一つ変わらない目の前の景色にいやいやする。
運命のいたずらで誰かと出会って、愛しいって思って、お互いに思いが通じて、未来を積み重ねる。だけどあたしと兼平くんにはそんなこと出来ない。まず、第1キスはしたけど兼平くんと思いが通じあったのかさえもわからない。
ここまで全てが工程で、引き裂く別れを楽しむ神様たちのための物語ならこんな世界ごと壊れてしまえばいい。
もし、今この世界が壊れたって、何もかもがなくなったってあたしは1ミリも後悔なんてしない。兼平くんと一緒にこの世界を美しく終わらせられるならむしろ本望だっつーの。
自害するくらいなら心中の方が何倍も美しい気がする。
……ねぇ、兼平くん。いっそのこと一緒に連れていってよ。
これから先、夢も希望もない世界でなんとなく生き続けるぐらいなら大好きなあなたと同じ場所へ。
恋心なのか、自分への呆れなのかわからない涙が溢れ出し、その涙は頬を伝い兼平くんの白い肌に落ちる。
突然目を覚ました兼平くんに驚き慌てて涙を拭う。
こんなこと兼平くんに知られたらいけない。
歴史だって変えちゃいけない。
兼平くんの幸せだって願わなきゃいけない……。
そう思えば思うほど涙がとめどなく溢れ出す。
すると、膝の上から兼平くんの細い指が伸びてきてあたしの涙を拭う。
平家物語という形であたしは兼平くんの最期を知ってしまっている。
でも、きっとこのことを言ってしまえば未来を変えてしまうことになる。
好き。兼平くんの事が大好き。
未来を変えてしまってだとしても生きて欲しい。
例え、同じ時代で生きられないとしても。
言葉に詰まりながら必死に伝えた言葉、ちゃんと言えたかはわからない。
起き上がりあたしの正面に座ると片手であたしの頭を引き寄せる。
この時代にきてここ周辺100m範囲しか動いていないから琵琶湖なんて見ているわけがない。
でも、琵琶湖は琵琶湖でしょう?
一度堰を切ったように溢れ出した涙が兼平くんの言葉でとめどなく溢れ出す。
琵琶湖の景色なんて当たり前に近くにありすぎて大切さなんて気が付かなかった。
こんなに当たり前のことほど気がつけないのかなぁ……。
そう言って微笑む兼平くんの表情を見ていたらなんだかもっと大きな大事なことに気がつけたような気がした。
教科書に載ってる綺麗事なんかより何倍も大事なことを。
めいいっぱいの気持ちと笑顔でそう告げる。
頭にポンポンとのせられた兼平くんの手から伝わる体温に恋心より強い何かを感じた。
あたしは強いんじゃなくて兼平くんがいたからこそ少しだけ強くなることが出来たんだよ。
兼平くんと出会えて色々な感情を知ったからこそ人間らしくなれた。
全部全部兼平くんのおかげ。
よく恋は人を強くするって言う。
でも、恋はただ人を強くするわけじゃない。弱くなることだってある、へこたれることだってある、それでも大好きな人がいるからへこたれたって追いかけて追いかけていつの間にか強くみえる女の子になってるんだとあたしは思うんだ。
あたしに強さも弱さも嬉しさも切なさも教えてくれたのは紛れもなく今井四郎兼平という男だから。
きっともう会うことだってない、スマホなんてないから話すことだってできない、それでもあたしは兼平くんに出会えて良かった、恋をして良かった。
これが少しだけ成長できた証なのかな?笑
見つめ合いくしゃくしゃの顔で笑い合う。
1000年先だってきっと僕は君を愛してる。
何も変わったりなんてしない……いいや、むしろ今よりも何倍も好きを積み重ねる。
視線がぶつかりゆっくりと最期の接吻をする。
最期の接吻……幸せな人生だった。
ありがとう────
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!