前の話
一覧へ
次の話

第1話

蝉の声が聞こえる夏に出会った
3
2024/03/20 08:26
蝉の声が鬱陶しく俺の耳に付き纏う。
そんな時に汗が落ちた。
乾燥している地面に落ちた。
音も無く落ちた。
つまらない、と思う。
汗が落ちることに対してもつまらないと思うのは、おかしいかもしれない。
けれど俺は、全てのことに対してつまらないと思う。
流行りのものなんて何一つない田舎。
本当に何もない。
ショッピングモールも無い。
遊ぶ場所もないのだ。
唯一ある公園にはベンチが一つ。
遊具なんて無い。
遊びに来ている子供はしばしば見るが、大抵ベンチ座っておしゃべりをしている。
しかし、田舎にしては子供はまあまあいる。
小学校も六十人程度いて、中学校は他の小学校に通っていた子たちも来るから九十人ほど。
男女比率は五:五ぐらいだろうか。
時々付き合い始めた子たちがいると聴いた事はあるがすぐに風化している。
風の噂では別れたとか。
俺は付き合ったことはない。
初恋もまだだ。
好みの子なんていない。
なんなら恋ってなんだろうと思う。
なんか日常が劇的に変わるようなこと、起こらないかな。
戦争が起きるとか、何か事件が起きるとか。
でも自分にはデメリットしか無い。
そんなことを考えながら歩く。
歩いていたら海に着く。
堤防を置いてある梯子を使って上り、階段を使って砂浜に下りる。
何も考えず、海を眺める。
この田舎の町の中で唯一俺が好きな場所。
海に意識を集中させる。
波の音が身体中に響いて心地良い。
さっきの五月蝿い蝉とは大違いだ。
そんなことを考えた途端、蝉の声が耳に入ってきた。
海に意識を傾けないと、色々な音が俺の耳に入って暴れる。
五月蝿い、五月蝿いな。
そんな時、声がした。
高くて透き通った声。
誰かいるのか。
そう思い、目を開けて辺りを見渡す。
すると、一人の女性が目に入った。
身長が高く、すらっとした体型をしている。
髪の毛は長くて、風で靡いている。
睫毛は長くて目は大きい。
顔は整っていて綺麗な人だった。
月海
あの
女性は俺を訝しむ目で見てそう言った。
あ、はい?
と、返事をすると顔を輝かせた。
月海
あ、良かった。返事してもらえた
あ、ごめん。なんか言ってた?
月海
人がいたから話しかけようかなーって思って
そうなんだ。俺、波の音聴いてた
月海
だからか。波の音、良いよね
うん
誰だろう。見たことのない女性だった。
あの、誰ですか?
さっきまでタメ口で話していたけれど、無意識に敬語になる。
月海
私、引っ越してきたツキミ。中学二年生
ツキミか。あ、俺はカイ。中学一年生
月海
年下だったのか。カイってどういう字?
貝殻の貝。ツキミは?
月海
月に海
へー
月海
かいくんって呼ぶね
うん、良いよ。あ、敬語の方が良い?
月海
タメ口で良いよ
そう言って月海は笑った。
無邪気な笑顔だった。
俺もつられて笑いそうになった。
つきって呼んで良い?
月海
勿論。よろしくね
おう













その日からよくつきと会って話すようになった。
勿論、海で。
二人で堤防に座って話したり、海に入ったりして遊んだりした。
おはよ、つき
月海
かいくんおはよ
今日さ、アイス食べない?
そう言うとアイスという言葉に反応したのか目を光らせて答えた。
月海
アイス!食べたい!
じゃあ行こ。こっち
月海
うん!行こ行こ!
二人で並んで歩き出す。
俺が小さい頃から行っていた駄菓子屋に向かう。
小さい頃はお金が無くて、ご飯が食べられないことがあった。
そんな時にご飯とお菓子をくれたのだ。
俺はその日からよく行くようになっていた。
あの駄菓子屋がなかったら俺は餓死していただろう。
そんなことを考えていたらつきが顔を覗き込んできた。
月海
ねぇ、かいくん。今の話聴いてた?
あ、ごめん。考え事してた。もっかい言って?
そう言うとつきは、少し怒った表情をしながらも話してくれた。
月海
もー、もう一回言うね?
月海
昨日ね、かいくん待ってる時に海であるものを見たんですよ
月海
さあ、あるものとは一体なんでしょう
少し意地悪をしているような顔をしながら俺に訊いてきた。
俺は少し考えてから答えた。
んー、ヤドカリ?
月海
え、なんでわかるの!
月海
もしかして話聴いてなかったっていうの嘘だった?
いや、話はまじで聴いてなかった
月海
なんだー。わからないって言ってるところ煽ってやろうと思ったのに
俺は煽るなと笑いながら答えた。
そんなことを話していたら駄菓子屋に着いた。
ん、此処だよ
月海
おお!如何にもって感じ。早く入ろ
うん、入ろ入ろ
中に入ると少し薄暗く、懐かしい匂いがした。
おばちゃん、いる?
そう言うと奥の方からはぁい、いますよぉと返事が聴こえた。
二人で奥に進むとおばちゃんが座布団に座っていた。
机が置いてあって机の上には湯呑みと茶菓子。
休憩中だったのだろうか。
おばちゃん
あらぁ、誰かと思えばかいちゃんじゃないのぉ
おばちゃん
久しぶりだねぇ
おばちゃんは俺を見るなりそう言った。
覚えていてくれたのか。
俺は嬉しくて少し涙ぐんだ。
うん、そうだよ。久しぶり、おばちゃん
月海
かいくん知り合いなの?
小さい頃お世話になった方
月海
そうなんだ
少し曖昧に答えたが、つきはそれ以上話を広げようとはしなかった。
少しだけつきは、何を思っているのかわからない表情をした。
けれどすぐに笑顔になった。
月海
おばちゃん、はじめまして。私、月海って言うの
おばちゃん
月海ちゃんかぁ。可愛らしい子だねぇ
月海
えへへ、ありがと!おばちゃん、アイス何処ー?
おばちゃん
アイスはこっちだよぉ
月海
ありがとー。かいくん、どれにする?
…どれにしよっか
二人で悩んだ挙句、パピコを買って二人で食べようという結論に至った。
パピコを掴み、おばちゃんの元に寄った。
おばちゃん
百円のアイスが一つだねぇ
俺が百円玉を出して支払った。
つきが私が払うと言っていたが此処は俺がと言い、支払った。
おばちゃん
ありがとねぇ。二人ともいつでもおいでねぇ
ありがとう、また来ると言いながら外に出る。
店の前のベンチに二人で座りアイスを食べる。
食べていた時にふと思い出した。
明日、学校だ。
夏休みは今日で最後の日。
つきは知っているだろうか。
そう思い、つきに訊く。
ねぇ、つき
月海
ん、何?
俺と半分こにしたアイスを食べていた手を止めて首を傾げた。
もうすぐ夏休み終わるんだわ
月海
あー、そうだったね
月海
明日学校かぁ、やだな
つきは知っているようだった。
だったらと思い口を開く。
じゃあさ、一緒に行こ
月海
…うん、約束ね!
月海
絶対だよ?
月海
朝、此処で待ってるからね!
少し目を開いた後、あからさまに嬉しそうに答えた。
そして小指を俺の前に突き出した。
指切りげんまんだろうか。
そう思い俺も小指を出し指を絡ませる。
するとつきはさらに嬉しそうな顔をして笑った。
つきの嬉しそうな顔を見ると、胸がザワザワする。
なんだろうこの感覚、とても気持ちが悪い。
わかった、じゃあまた明日此処で
月海
うん、じゃあ今日はもう帰りますかぁ
だな、じゃあね
月海
うん、また明日ね
そう言って別れた。

また明日、か。
好きだな。

























































その言葉。
明日会えると思うとまた胸がザワザワした。




プリ小説オーディオドラマ