第9話

未来のこと
423
2023/07/26 21:00
私は、シルクの言葉にドキッとした。

自分の、本当にやりたいこと。
あなた
…わから、ない。
だって。
私は、これまで28年間。
やりたいことを考えることすら否定されてきたのだから。

親に否定され。
環境に否定され。

やっと自由になれても。
生きていくことに必死で。
そんなことを考える余裕なんてなかったから。
あなた
シルクには、分からない、よ。
そう。
自分のやりたいことだけをやって生きていけるシルクには。
絶対に分からない。

そう思ったから。
つい、そんなことを口走ってしまった。
シルク
…あぁ。分かんねーな。
あなた
………。
シルク
これから先の未来の自由を。
自分で狭めようとしている奴の考えなんて、分かりたくもねーよ。
あなた
………っ!!
私は、シルクの言葉に思わず顔を上げた。
シルクの視線とぶつかる。
真剣なシルクの瞳に、逃げ場を失ったような、そんな感覚に陥った。
シルク
確かに。
これまでは、あなたに自由なんてなかったのかもしれない。
でも。これからのことなんて、誰にも分かんねーじゃん。
なのに。それを否定すんのって、やっぱ違うと思う。
あなた
…これから、の、こと…。
シルク
そ。もしかしたら、親御さんたちの意識が変わるかも知んねーし。
宝くじが当たるかも知んねー。
シルクの言葉は、とても曖昧だ。
確率だって、とてつもなく低い。
でも。決してゼロではないのも確か。
シルク
……自由に生きる恋人と、好きなことして、バカなことをしながら過ごすこともできるかもしれない。
あなた
…こ、こいびと…
私は、シルクのその言葉に。
Fischer’sの『好きなこと無制限』の歌詞が紐づいて、勝手に脳内でシルクと恋人になっている映像が浮かんだ。

慌てて、その映像を打ち消す。


…でも…。
それですらも。可能性は決してゼロじゃないんだ。
シルク
これまでの自由は、いくら頑張ったって手に入れることはできないから。
これから!好きに生きて行かねぇ?
シルクが、ニカッと笑う。
少し重苦しかった空気も晴れて、私の心に風が吹き抜けたような気がした。

シルクは、ビールをグイッと飲み干し、柔らかい目で、私を見つめてくれる。
シルク
あなたは、何したい??
あなた
私は……。
正直、考えたこともなかったことだから。
今すぐに答えが出るわけではないけれど。

シルクと同じ目線に立って、世界を見てみたい。
…と、そう思った。

シルクの。隣に立ちたい。

きぬたみの一人、としてではなく。
一人の人間として。
貴方の隣に胸を張って立てる人間になりたい。
あなた
…シルクのいる場所で、生きてみたい。
シルクside
今、あなたはとんでもないことを言った気がする。

俺のいる場所で、生きたいと。
そう言った。

もちろん、あなたは真剣そのもので。
先程の言葉も本心なのだろう。
俺と時を共にする…ということが、彼女にとってどんなイメージをもたらしているのかは分からないが。


…まるで、告白だな。
と。彼女に恋する俺にとっては、心中穏やかではいられない展開となった。

でも。それならば、いっそのこと。
このタイミングを利用しない手はないのではないか。

Fischer’sの暗黙のルールに反することだけが、申し訳ないけれど。
シルク
…なら、さ。
俺と、付き合ってみる?
あなた
……………え?
シルク
俺と恋人になれば…俺の一番近くで、俺の生き方を共有できると思うけど。
俺の言葉に、あなたは見事に固まってしまった。
けれども、すぐに我にかえる。

そして。
複雑な表情で、俺を見た。

嬉しいような。
悲しいような。
あなた
言った、よね?
私は、きぬたみ、なんだよ。
シルク
……あぁ。
あなた
ファンには手を出さない。
それが、Fischer’sの暗黙のルール、じゃなかったっけ?
そう。
その通りだ。
だからこそ、これまでだって、メンバーに対して厳しく規律を重んじてきた。
あなた
リーダーであるシルクが、それを破ったら…誰も、ついてきてくれなくなるよ?
あぁ、そうか。
あなたは、俺のことを心配してくれているんだ。
シルク
…確かに。あなたの言う通りだな。
俺の気持ちは本物だけれど。
それを形にすることを、彼女は望んでいないんだろう。
それは、Fischer’sを…俺たちを本当に大切に思ってくれているからだ。

そして。
仕事に誇りを持って、真面目にやり抜くあなたの精神にも反するのだろう。

どうやら。
彼女と恋人になるためには、想像以上の巨大な壁を乗り越える必要があるようだ。

それでも、未来は誰にも分からないから。
俺は、諦めるつもりもない。
シルク
ま、しばらくは。
一緒に生活をするわけだから。
きっと、Fischer’sの色んな姿を見られると思う。
新しい発見もあるだろうし。
その経験が、きっとあなたにとってもプラスになるはずだ。

うおたみであるなら、なおさら。
あなた
…ん!
楽しみにしてる。
そう言って、あなたは笑った。






俺たちは、その後も色んな話をしながら、ゆったりとした時間を過ごした。
一人で住んでいたら、絶対にしない時間の過ごし方だ。

それは、俺にとっても、新鮮な時間だった。

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