私は、シルクの言葉にドキッとした。
自分の、本当にやりたいこと。
だって。
私は、これまで28年間。
やりたいことを考えることすら否定されてきたのだから。
親に否定され。
環境に否定され。
やっと自由になれても。
生きていくことに必死で。
そんなことを考える余裕なんてなかったから。
そう。
自分のやりたいことだけをやって生きていけるシルクには。
絶対に分からない。
そう思ったから。
つい、そんなことを口走ってしまった。
私は、シルクの言葉に思わず顔を上げた。
シルクの視線とぶつかる。
真剣なシルクの瞳に、逃げ場を失ったような、そんな感覚に陥った。
シルクの言葉は、とても曖昧だ。
確率だって、とてつもなく低い。
でも。決してゼロではないのも確か。
私は、シルクのその言葉に。
Fischer’sの『好きなこと無制限』の歌詞が紐づいて、勝手に脳内でシルクと恋人になっている映像が浮かんだ。
慌てて、その映像を打ち消す。
…でも…。
それですらも。可能性は決してゼロじゃないんだ。
シルクが、ニカッと笑う。
少し重苦しかった空気も晴れて、私の心に風が吹き抜けたような気がした。
シルクは、ビールをグイッと飲み干し、柔らかい目で、私を見つめてくれる。
正直、考えたこともなかったことだから。
今すぐに答えが出るわけではないけれど。
シルクと同じ目線に立って、世界を見てみたい。
…と、そう思った。
シルクの。隣に立ちたい。
きぬたみの一人、としてではなく。
一人の人間として。
貴方の隣に胸を張って立てる人間になりたい。
シルクside
今、あなたはとんでもないことを言った気がする。
俺のいる場所で、生きたいと。
そう言った。
もちろん、あなたは真剣そのもので。
先程の言葉も本心なのだろう。
俺と時を共にする…ということが、彼女にとってどんなイメージをもたらしているのかは分からないが。
…まるで、告白だな。
と。彼女に恋する俺にとっては、心中穏やかではいられない展開となった。
でも。それならば、いっそのこと。
このタイミングを利用しない手はないのではないか。
Fischer’sの暗黙のルールに反することだけが、申し訳ないけれど。
俺の言葉に、あなたは見事に固まってしまった。
けれども、すぐに我にかえる。
そして。
複雑な表情で、俺を見た。
嬉しいような。
悲しいような。
そう。
その通りだ。
だからこそ、これまでだって、メンバーに対して厳しく規律を重んじてきた。
あぁ、そうか。
あなたは、俺のことを心配してくれているんだ。
俺の気持ちは本物だけれど。
それを形にすることを、彼女は望んでいないんだろう。
それは、Fischer’sを…俺たちを本当に大切に思ってくれているからだ。
そして。
仕事に誇りを持って、真面目にやり抜くあなたの精神にも反するのだろう。
どうやら。
彼女と恋人になるためには、想像以上の巨大な壁を乗り越える必要があるようだ。
それでも、未来は誰にも分からないから。
俺は、諦めるつもりもない。
その経験が、きっとあなたにとってもプラスになるはずだ。
うおたみであるなら、なおさら。
そう言って、あなたは笑った。
俺たちは、その後も色んな話をしながら、ゆったりとした時間を過ごした。
一人で住んでいたら、絶対にしない時間の過ごし方だ。
それは、俺にとっても、新鮮な時間だった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。