気合を入れて、握りしめた拳を突き出す。
目の前には、無情にも開かれた手があった。
ここは帰宅部の部室。
じゃんけんの相手は幼馴染のモモだ。
部活加入率ほぼ100%のこの学校で、数少ない帰宅部部員が、俺とモモ。
……要するに、放課後のアイスをどちらがおごるかを、空き教室で決めていた。
幼馴染の、俺とモモ。
家が隣同士だった俺たちは、赤ちゃんの頃から並んで寝ていたという(当たり前だが、記憶がない)。
幼稚園の劇では、「ヘンゼルとグレーテル」を演じたというが、本番で手違いが起き、俺がグレーテル、モモがヘンゼルの衣装を着て演じたという(写真を見ると似合っている)。
小学校入学前にモモが引越し、そろって小学校へ進学、とはいかなかった(引越しに際し、俺は泣き叫んでモモの手を引いたという。なんて黒歴史だ)。
中学2年になったタイミングで、モモは俺と同じ市内に帰ってきていた。ただし、俺は当時、そのことを何も知らない(モモとはこの時、メールのやり取りを普通にしていた。サプライズのつもりだったらしいが、やられた方はいい迷惑だ)。
で、いまに至る。
偶然にも同じ高校に進学した俺たちは、偶然にも同じクラスになり、偶然にも隣の席に……なんて偶然だ。
おかげで、俺たちは毎日くだらないバカ騒ぎをしている。
ごたごた思い出していたら、モモに呼ばれた。
モモはニヤニヤ笑っている。
おごられる側だというのに、感謝の気持ちというものはないのか。
…しかたない、じゃんけんに負けたのに文句をいうのは、帰宅部のナンバーツーとして往生際が悪い。
俺は、モモを追いかけて歩き出した。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。