第125話

#125
83
2024/03/05 00:00
六花清春
六花清春
............


読み終わって、戻ってきた世界に彼がいないと
気が付いた俺は、分かった。





俺が、壊れる



自覚した。

せき止めるのは、無理だと自覚した。



その前に、確認しておかなければならないことが
あった。
六花清春
六花清春
彼の....小太郎の、スマホは
小太郎  母
小太郎 母
スマホ.......?
お母さんは、立ち上がってすぐに一台のスマホを
持って来てくれた。
小太郎  母
小太郎 母
あの子が.....いなくなってから
電話だけはとるようにしてたんだけど
最近は電源も切ってて
六花清春
六花清春
お願いです.......見せて、下さい
無言で、お母さんは俺にスマホを差し出した。


スマホの電源を入れる。

少し待って、メールのフォルダを呼び出し、
メッセージを開く。



沢山の未開封メッセージの中に、見つけた。




俺が贈った、最後の言葉



彼に対する、最後のメッセージ



メッセージは開かれていた。




届いて.......いたんだ........。



スマホと『共病文庫』を畳の上に置いて、
俺は震える唇をどうにか動かして、
壊れる前の最後の言葉を。
六花清春
六花清春
お母、さん............
小太郎  母
小太郎 母
.............何?
六花清春
六花清春
すみません......お門違い、だとは、
分かってるんです........
だけど.........ごめんなさい.........
小太郎  母
小太郎 母
................
六花清春
六花清春
...........もう、泣いて、いいですか
彼のお母さんは、自分自身も一筋の涙を流してから、一度きり、頷いて、俺を許してくれた。



俺は、壊れた。


いや、本当はとっくに壊れていた。
六花清春
六花清春
あああああああああああああああああああああ!
俺は泣いた。

恥ずかしげもなく、赤ん坊のように泣きじゃくった。

畳に額をこすりつけたり、天井を仰いだりしながら、
大声で、泣いた。


初めてだった。

大声で泣くことも、人前で泣くことも、
そういうことはしたくなかったから。

悲しみを人に押し付けるようなことは
したくなかったから、今までしなかった。



でも、今は、押し寄せる数多の感情が、
俺に自己完結を許さなかった。
嬉しかったんだ。


届いていたこと。

通じていたこと。


彼が、俺を必要としてくれていたこと。

俺が、彼の役に立てたこと。


嬉しかった。


同時に、想像したこともないくらい苦しかった。

鳴りやまない、彼の声。

次々に浮かび上がる、彼の顔。

泣いたり、怒ったり、笑ったり笑ったり笑ったり。


彼の、感触。

匂い。

甘ったるい、あの匂い。


今そこにあるように、今そこにいるように、
思い出す。


でも、もういない。

彼はもういない。

どこにも。

俺がずっと見ていた彼は、もういない。


俺らの方向性が違うと、彼がよく言った。

当たり前だった。

俺らは、同じ方向を見ていなかった。


ずっと、お互いを見ていたんだ。

反対側から、対岸をずっと見ていたんだ。


本当は、知らないはずだったのに、
気が付かないはずだったのに。

お互いを見ていたこと。

違う場所で、関係のない場所で、
それぞれにいるはずだった。



なのに、俺らは出会った。

彼が溝を飛び越えてきてくれたから。

それでも、俺だけだと思っていた。

彼を必要とし、
彼のようになりたいと思っていたのは。


まさか、こんな俺を。


こんな俺を彼は.........
俺こそだ。

俺こそが、今、確信した。


俺は、彼に出会うために生きてきた。

選択してきた。

彼と出会う、ただそれだけのために、選択して、
生きてきた。


疑わない。

だって俺は、こんなに幸福で、こんなにつらいことを
今までに一つとして知らないから。


生きていた。

俺は彼のおかげで、この四か月間を生きていた。

きっと人として初めて。

彼と心を通わせることで。


ありがとう、ありがとう、ありがとう。

感謝は言い足りないのに、言うべき彼はいない。


どんなに泣いても、もう届かない。

どんなに叫んでも、もう届かない。


こんなに伝えたいのに、嬉しいこと、苦しいこと。


彼との日々が、今までのどんな時より
楽しかったこと。


もっと一緒にいたかったこと。

ずっと一緒にいてほしかったこと。

不可能でも、伝えればよかった。

自己満足でも、聞いてもらえればよかった。


悔しい。

俺はもう彼に何も伝えられない。

俺はもう彼に何もしてあげられない。


彼から、こんなにも多くのものを貰ったのに。


俺は、何も..........

プリ小説オーディオドラマ