…ieiri.s
治療の合間を見て、休憩がてら医療棟から出る。
向かう先は学生寮。
ここの学生寮も無駄に大きい。
一昔前は呪術師の人数も多かったのかもしれないが、
今となっては、9割方空き部屋だ。
だが、今回ばかりは、それが却って都合がいい。
訳アリの人物を隠すには持って来いだろう。
あの子が居る部屋に入れば___
あなたは窓の外を眺めていた。
周囲は山ばかりだから、驚いても仕方ない。
何やら、ぶつぶつと独り言を呟いている。
室内にある古びたイスに座り、
携帯用の灰皿に吸い殻を捨てた。
相手は妊娠中だ。
気を遣わないといけない。
あなたの背中に話しかける。
そう尋ねるが、一向に窓の外を眺めてばかりだ。
聞こえていないわけではない。
聞こえないふりをしているだけ。
話題を変えれば、珍しい校名もあってか、
あなたはすぐに振り向いた。
普通の医師とは、
仕事内容が随分違うけど…
五条から、あなたの素性は軽く聞いた。
同じ教師となれば、
アイツの悪い印象も多少薄れるだろう。
あなたの目の色が変わる。
色々あって、卒業に至らなかったが___
思い出す、あの頃を…
感情に浸るつもりはないが、
一言でいえば、楽しかった。
何年経っても、
何が起ころうとも、
その性根は絶対に変わっていないと、
私は信じている。
今の関係性について、
私は言及出来ないが…
特殊な環境で生きてきた二人だ。
二人にしか分かち合えない何かがあったはずだ。
その出会いこそ、きっと運命だったに違いない。
突然、あなたが激昂する。
取り乱して、私に食ってかかる。
夏油を処刑しろと、上層部から命が下っていたんだ。
それなのに、アイツは夏油を死を偽った。
同期の私にもだ…!
不器用なんだ、昔から。
他人に相談することも出来ない。
孤独な奴だよ、本当に…
本当にそういう関係なら、
私にだって、考えがある。
数分間、無言が続いた。
だが、箍が外れたように、
あなたは大粒の涙を流し始めた。
そして、深く深く、何度も頷いた。
足元が涙で濡れていく。
あなたが膝を抱えて蹲る
緊張の糸が切れ、緩んだその背中を、
私は只々、優しく摩った。
あなたはあなたで、
必死に夏油を守ろうとしていたんだ。
健気な子だ。
この子を見ていると、
今のお前が姿が自然と浮かんでくる。
夏油___
私の知っている"あの頃"に戻った気がして、
期待してしまうんだ。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。