第12話

夢枕に立たれたい-3
1,003
2018/09/27 07:16
あの子は同じ教室にいた。

朝の出席をとるときに、先生は三十人分の名前を呼んで「はい、三組は今日も全員いますねー」と言うもんだから。
清見ヒロ子
清見ヒロ子
せんせー、黒田くんがまだです
当時、無垢で無知で無邪気な私は、三十一人目の生徒が呼ばれなかったことに気がついて慌てて教えてあげたのだ。私いいことやった、って。ドヤ顔で。



そうしたら担任の原田先生は笑顔のまま静止して、次の瞬間、ウワーッと泣き崩れた。先生の小さな体から出たとは思えない、ものすごい声だった。隣のクラスから別の先生が飛んできて、号泣する原田先生を抱きかかえて教室から出ていった。クラスは騒然とした。



翌日、教頭先生が教室に来て言った。「原田先生は心に風邪をひいて、しばらくお休みします」意味が分かんなかった。心に風邪って、なによ。

しばらくしたら噂うわさが流れた。去年、原田先生が担当していた二年三組で、死んだ男の子がいたこと。病気とか、交通事故とか、殺されたとか。死んだ原因はバラバラでどれが本当か分からなかった。ただ間違いないのは、黒田君のことを原田先生はずっと気に病んでいたということだった。



ほどなくして、イジメが始まった。

最初はオラオラと小突かれたけど、私が本当に幽霊が見えるという噂が流れると、最終的には遠巻きにされた。原因を生んだ私は、クラスどころか学校中から避けられるようになった。先生たちは噂を否定していたけれど、私を見る目はどこか不気味そうだった。

黒田君は何度も謝ってくれた。いいってことよ、早く成仏しろよ。とは言ってみたものの、異物扱いはつらい。友だちと呼べるのは黒田君だけだった。傍目から見ると、私ひとりだったけれど。



事情を知った母は「あちゃー」とだけ言った。慰めの言葉もなかったし、実は私たちの家系は云々かんぬん、とかいう一族の秘密が明かされる展開も一切なかった。そっかそっかと頷きながら、さくっと転校手続きと引越しをした。


黒田君のことがあってから、母は普通の専業主婦以外の顔を私に見せるようになった。週に二回程度のパートも、実はスーパーのレジ打ちじゃなくて、除霊のパートであることを教えてくれた。除霊のパートなんてあるんだ、と当時小学二年生だった私は素直に感心したものだ。

一度だけパートについていったことがあったが、スーパーの特売日に買った安い塩の威力は絶大だった、とだけ言っておこう。除霊と聞くと、特殊な札とか道具とか想像するじゃん。そういうのは一切なかった。期待してついていっただけに、非常にがっかりさせられた。

母曰く、気持ちが大事らしい。「弘法筆を選ばずよ!」なんて言ってたけど、その後の「高い塩なんてもったいなくて使えないわよー」というのが本音だろう。安物でさえ全部使い切ったあとに、もったいねぇ、と言わんばかりの忌々しそうな顔をしていたんだから。



父といえば、そんな母の裏の顔をまったく知らなかった。だって言ってないもの、と母は開き直っていた。父は個人のタクシー運転手をやっていたから、家にはほとんどいなかった。だから母も活動しやすかったのかもしれない。
普通じゃないことを隠して、普通のフリして生きなさい
本当の自分を隠して、母は父を騙くらかして結婚した。はなから理解してもらおうなんて頭になかったんだ。
いい? 誰かに理解してもらおうなんて思っちゃ駄目よ
珍しく乾いた笑い方をしていた母さん。父の脱ぎっぱなしの靴下を洗濯機に放り込んで、まったく、と呆れつつも目には愛情が宿っていた。
本当の自分なんて、見せてもいいことないんだから

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