「よかったです。」
そう言って笑った昨日の彼女の笑顔が、今でも瞼の裏に浮かんでくる。いつもは照れくさそうに片手やマスクで顔を隠してしまう彼女が、真っ直ぐ俺を貫いた。
彼女がいない過去があって、彼女にも俺と出会っていない過去があって。
そしてこうして心を通わした昨日があると思うだけで、今がこれほど嬉しくて、愛しいと思えるなんて。
昨日の熱冷めやらぬまま現場入りした俺に、待っていたのは新しい衝撃だった。
チーフ「皆さん聞いてください。」
いつもと異なった様子を察知し、全員すぐに耳を傾ける。楽屋ではいつもふざけ倒してる俺たちが、こんな風になることはあまりない。
チーフ「岡田さんが昨日退職しました、」
え?
ジェシー「ええぇっ?!」
慎太郎「本当に言ってる?」
髙地「ドッキリとかじゃない?」
チーフ「はい残念ながら事実です、、、なので、」
樹「待って、それって会社が?それとも」
樹の質問は皆の気になるところだったらしく、どう答えるかを全員で静かに待つ。
チーフ「岡田さんの希望です。」
樹「そっ、か。」
チーフ「はい、これからの体制がまた少し変わるので、それだけお願いします。」
全員まばらに返事をし、チーフマネージャーは退室した。
それぞれ異なった反応、リアクションを取っているが、5人が何と言っているかも入ってこない。ぐるぐると思考がループする。
そういうこと?
いや、どういうこと?
だから、昨日楽しそうだったの?
最後だから?彼女にとっては最後の業務だったから?
髙地「北斗?」
北斗「ちょっと、電話…してくるっ、」
すぐ戻ると伝え楽屋を出る。
スタジオの中でも今日は人があまり寄り付かない、使用しない衣装部屋に入る。
天井を仰ぎ一度だけ深呼吸をする。落ち着け、落ち着け。
震える手を制し、なんとか彼女へ通話をかける。しばらく流れた呼び出し音の後、彼女の声が聞こえた。
『…はい。岡田です。』
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。