乱歩さんが待ち合わせ場所に指定した喫茶店は、
私が今まで行ったことがないお店だった。
『うずまき』というお店らしい。
店内に入ったときから香る
珈琲の薫りが私の鼻をくすぐった。
店内を見回してみると、窓際の4人席の
ソファーに座っている乱歩さんの後ろ姿を見つけた。
慌ただしく動く自分の心臓を落ち着かせるために
深呼吸を一度してその席へ向かう。
コツコツ…私の足音が店内に響く。
乱歩さんの様子がおかしい。
私が話しかけても、俯いたまま
何か考え事をしているようだった。
その表情は影になって善く見えないけれど、
なんだか胸が苦しくなるような顔をしていた。
彼は突然、私の名前を呼んだ。
彼が視線を上げ、目の前に座っている私の方を向く。彼の瞳はやっぱり美しくて、思わず息を呑む。
あぁ。そうだったんだ。
最初から、この想いは叶う筈が無かったんだ。
“私が闇の世界の人間であることが知られた”
その事実が何よりも辛くて、
泣いてしまいそうになる。
私と彼は最初から違ったんだ……
光の世界の人間である彼。
闇の世界の人間である私。
相対する私と彼が
結ばれるだなんてあり得ないことだったんだ。
彼が何か言っているけど、
モヤがかかったみたいに善く聞こえない。
だけど、きっと私を幻滅したに違いない。
だって、私は彼に相応しくないのだから___
私は彼の言葉さえ最後まで聞かず、
ただその一言だけを告げて喫茶店を出た。
彼が私を呼ぶ声が聞こえる。
追いかけてくる音が聞こえる。
だけど、これ以上彼に否定的な言葉を吐かれたら
私はきっと立ち直ることができない。
だから私は彼の静止も構わず走り続けた。
「ごめんなさい。」
その言葉は彼に伝えられず、
私の心のなかを彷徨い続けた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!